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定年時に危機意識を感じない人が多いのは、むしろ普通

世の中には、定年前に十分蓄えがあり趣味も豊かなので、定年後の隠居生活に何ら問題を感じない人も少数ながら存在する。そのような人には、この論は無意味なので、無視していただきたい。

さて、私が不思議なのはこのような恵まれた立場にないにもかかわらず、ただ無為に定年を迎えて慌てふためく、あるいは引退生活に流されていく人たちが多いことである。その最大の原因は、危機意識が持てずにいることなのだろうか?

そんなことは、ないだろう。巷に溢れる「定年本」には「これでもか!」という位に、以下のような危機が並べ立ててある。

  • 「日本の大企業もメンバーシップ制を維持しきれなくなり、50代のリストラが多発している」

  • 「定年後再雇用されてかつての部下のもとで働けるか?」

  • 「定年後年金を貰っていても、モデル世帯で2000万円不足する」

  • などなど

新聞を読めるくらいの普通の頭の働きがある人たちが、これらのことを知らないとは到底思えない。だとすると、問題は「危機は知っていても、それに対応できない」ということになる。

これに関連して思い出すのは、かれこれ20年前にシンガポールで受けたチェンジマネジメント(組織の変革プロジェクトをうまく管理する方法)の研修での会話である。

開講一番に講師が(英語で)聞いてきたのは、次のことである。

「次の写真は、北海油田のプラットフォームが燃えている光景です。火災当時、プラットフォームの上には200人の作業員がいました。その中で助かったのはたったの4名です。この4名は何をしたのでしょう?」

バーニング・プラットフォーム

私は、真っ先に手を挙げて答えた。「飛び込んだのです。」講師は、やはりその答えかと微笑みながら返してくる。

「でもね。ここは、北海です。海水は氷る寸前の温度なので、飛び込めば、まず凍死します。それにプラットフォームは、ビルでいえば8階の高さです。8階から飛び降りると、水でもコンクリートと同じ硬さの働きをします。さて、どうしたのでしょう?」

私も含めて誰も答えられず、しばし沈黙が流れる。やがて、講師が「やはり、飛び込んだのです」と言って、生存者のインタビュー・テープを聞かせてくれる。

そこで生存者が語ったのは、「海に飛び込んだら99%死ぬと思った。でも、上の残ったら100%死ぬ。だから、残りの1%に賭けた」である。

ここで講師が我々に教えた教訓は、以下である。

  • 人間は万止むを得ない理由があると、死にそうなことでも決意して実行する

  • でも、同時にプラットフォーム上では残り190名以上が死んだ。人間は、それほど変化を恐れる動物なのだ

  • だから、組織の変革プロジェクトは、大火事のような万止むを得ない理由がない限り、尻すぼみになって絶対に成功しない

この教訓を胸に畳んだコンサルタントは、クライアントの変革プロジェクトの支援を引き受けるに当たって、「このプロジェクトにバーニング・プラットフォームはあるか?それは何か?」と聞くようになる。

それにしても哀れなのは、20年以上も前に構造改革を企てたとある大企業の社長である。意欲的な改革方針を示したのに社員が動かないのに業をにやして「社員が馬鹿だから改革が進まない」と発言し、集中砲火を浴び退陣した。チェンジマネジメントの教えを学んでいれば、改革が成功したかもしれないのに。。。

このバーニング・プラットフォームの必要性は、個人の変革においても変わらない。そして、同じバーニング・プラットフォームに対し、反応する人と反応しない人がいる。

これと似たような話だが、中高年のセカンドキャリア構築を支援する「知命塾」の主催者が書いた本「あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか?」の冒頭に次の面白い図が載っている。(2つの軸の両端がお互いの否定系になっているので出来が今ひとつなのだが、それはここでの本題ではないのでやめておく。)

人生に対する態度

そして、この本の主要支援対象となったいるのは右下の「もやもや君」のようである。右上の「キャリアの達人」には、今の道を進んで貰えば良い。左側の2つに対しては、当人たちの「あきらめ」を今一度問い直しやる気を出し直すことを勧めるに止まっている。知命塾の主催者たちにしても、本人がやる気を出すまでは打つ手がなさそうなのである。

この「やる気」と上述の「危機意識」は見事に対応している。そもそも「やる気がない」人とは「危機意識」を持たない傾向にある。

さらに、どちらも一般的には側がとやかくいうことではなく本人の自覚に依存するものである。その変革を私的な教育機関が受け持つことは著しく効率が悪いので、自ずと対象外となるという性格を持つ。

ということでここからは、前回述べた「ジョブ型移行でのリストラ問題」や「2000万円問題」を人生100年時代の生き方を変革すべきバーニング・プラットフォームと受け止める少数の人に向けた話とする。


「定年本」が掻き立てる危機を読んでも行動を起こさず茹でガエル現象に陥る人も結構いて、その人たちには何を話しかけても無駄なので、ここでの対象外とさせていただく。





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