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がんばった話:あとがき




Kさんに恋をしました。


キャンドルよりも大事なこと」を巡る話から始まり、誰に頼まれたわけでもなく、スクラップブックを写真でいっぱいにするつもりでSkyでの日常を写真に収め始めました。
そうしてデイリーだけをこなすその人に「この季節でこんなに楽しいことを見つけました、素敵な贈り物をありがとう」とイベントが終わったら報告するつもりでした(なんておめでたいんだろう)

現実でも誕生日を祝ってもらったり、プレゼントをもらっていない自分には、あのアドパスギフトはそれ程の価値と意味がありました。いらんお世話だとか自己満足だとか今振り返るとそういった言葉を投げかけたくなりますが、またSkyというゲームを楽しんでいるなぁとその純粋さを眩しく懐かしく思ったりもします。

......結局はなんやかんやあってその「お返し」はなあなあになってしまいました。自分が思うほど他人も同じ目線、熱量でSkyを、ゲームを遊んでいるわけではないのだ、と静かに悟りました。


失恋をして、心に空いた穴を塞ぐように友達の為に曲を練習して奏でたり絵を描いたり、癖になった日々の小さなことを呟いたり、と過ごしているうちに、幸いにも送り出した作品がたくさんの方の目にとめていただけるようになりました。

今度はその期待(?)に応えるよう、止め時を見失ってSkyの世界を駆け巡りました。というより描かなきゃ!と思うほどの出来事が立て続けに起きてその為に奔走しただけなので、思い上がりというか自業自得というか、やっぱりおめでたいなと思っています。けれどSkyを通して絵が描けるようになったことは自分の中でも大きなことでした。

何が好きか楽しいか分からない、描きたいものがない、頭に画があっても形にするまでに並々ならぬ労力が必要...という状態に陥っていました。1年間何も描かなかった時期もあります

そんな自分にがっかりしたりもっと頑張れよと腹を立てたりするのが常の中、SNS上では容赦なく神作品が欄列されていきます。加えて表現者たちの季節が訪れ、表現がSkyの世界にも溢れ始めました。素晴らしい演奏やパフォーマンス、誰かへの伝言等など...初めこそその新鮮さを楽しんでいたものの、どこか心が焼ける感覚に目を背けるようになりました。

その背に追い打ちのように闇が降り注ぎ、(表現を煽るような)公式イベントの数々にすっかり感情が疲れ果てて吐き出せなくなりました。いやいや、おめでたいんです。ただうっかりおめでたいこと、イベント開催時期がかぶってしまっただけで。


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とある人がこう問いかけました。「空はきれいでしたか?」

きっと空はずっと青くきれいだったのに、自分自身が汚れていることに気付けなかったんだと思います。鏡でも見えない心の穢れを放置して遊びに夢中だった自分が悪いんです。


また他の人も、こう言いました。「あのさんって、人を喜ばせる才能があるなぁってつくづく思うんです」

自分がされたら嬉しいことをやってみているだけなんです。けれどそれが不快だった人もたくさんいることに気付けなくて、親切の押し売りになって自分も相手も不幸にしてしまう。


でも今日からは、もう過ちは繰り返さないようにしよう。

心のけがれを取り除こう。

空が、Skyが好きなんです。


そんな思いで、一気に走馬灯のようにガッと描きたかった画を描き出しましたっていうお話でした。

意図的に文字言葉を極限にまで削ったのはSkyに習っての試みでしたが、あとがきに綴った諸々が伝わったら幸いです。


もったいないんで他の方に使ってください