病院にて
もう二度と元に戻らない状態になってしまったことに絶望するが、同時にその苦しみにも安堵している。もうこれで本当に私は諦めることができるのだ。これから実ると信じていた様々な淡い希望が頭から離れていき、私はゆっくりと意識を失う。
目が覚めると、薄汚れた天井と私を覗き込む医師が視界に入る。不幸にも、仲間の懸命な処置で私は一命を取り留めてしまったのだ。またこれから起こるであろう数々の苦難を想像して、私は気が遠くなる。
医師が問診を始めますと宣言する。「それで、今日はどうなさいました?」
私は大きくため息をつく。「これが見えないのか」と、今はもうない太腿を指差す。
医師はふむ、と鼻を鳴らす。その無礼と無関心に、私は少々不機嫌になる。「もう私は二度と、元の状態には戻れないんだ。」と、震える声で訴える。
医師と看護師はきょとんとしている。しばらくの間を置いてお互いが目線を合わせると、抑えていた何かが吹き出たようにゲラゲラと笑いだす。心臓からドクドクと湧き出す羞恥の念に私は冷静さを失う。
「お前らに何がわかるんだ!"何も手に入らない身体"で生きていくことがどれだけ辛いことか、通り過ぎてゆく希望をただ見ていることしかできないこの辛さを!」
看護師は私のあまりの滑稽さに、床で転げ回っている。ハンガーを突っ込んだように大きく開いた口をみると、穴の空いた硬口腔から脳の一部がブラブラと垂れている。
看護師の傷をみて我に帰った私は、枠が歪んだ窓の外を眺める。遠くで3連発、心地の良いカービンの銃音が聞こえる。
「この戦いは、いつ終わるんだろう」と、周りの静寂に問う。医師は目線を変えないまま、「そうですねえ」と鼻の奥に詰まっていた凶弾を唾と共に吐き出す。視線を移すと、ライフルで複数発撃たれたその後頭部は無惨にもえぐれたままで、僅かに残った体組織は膿んでいるのが見える。
身体の一部を無くしてもなお、私達は前線に送り出され、またどこかを失ってここへ戻って来るに違いない。次はどこの作戦区域に赴き、どこを失うのだろうか。皮肉にもこの戦争でそれを決めるのは全て自分の決断である。
無くなった下半身を眺めて静かにやさぐれていると、若い男の絶叫と共にあたりがざわつきだす。「重症だ!」「手術中の負傷兵をどけてくれ!」と野太い声が聞こえる。
医師はその喧騒に一目もくれず、「助かりそうにもないな」と呟く。私は、ドアが開きっぱなしの病室の入り口に視線を写す。
自分の胸を引っ掻いて悶え苦しむ、高校生くらいの若い男が担架で運ばれているのが見える。しかし、その青年には一切の傷口がない。
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