ガラスの動物園1/15

ネタバレあります。

「閉塞感」という言葉がしっくりくる芝居でした。

母親や家族に囚われる主人公
過去の栄光に囚われる母親
障害に囚われる姉
みんななにかに囚われて生きづらさを抱えている。

だから、家族の会話がなんだかずっと歪で、狭くて暗い地下室にずっと閉じ込められている息苦しさを感じました。見ていて嫌な気持ちになるくらい。

途中で家族の一人ひとりそれぞれの希望になりうる人が現れるんだけれど、一瞬にして消える。しかも、誰も悪くない形で。なんてやるせない物語なのか。

印象に残ったことは、主人公にとって戦争が希望になること。母親や家族を離れられない、いろんなものに支配され抑圧され代わり映えのない人生の中で、冒険を求めて映画に行くと。映画の主人公だけが体験できる冒険を暗い座席で見ているだけの一般人が体験できる術が戦争なのだと。戦争が起こることがまるで希望のように語る主人公がいた。
姉の希望は単純だけど難しいことで、自分が1人の人間として差別なく認められること。コンプレックスがあるなら、他にもっと素敵なことを作ればいい。そう言ってくれる人の存在で希望を見出した。
が、その希望はだれの現実も明るくすることはできない。

何度も何度も、長い年月を超えて上演される戯曲って、誰も救われない話が多い気がします。結局なにも変わらないし、誰も幸せにならない。

岡田くんはめちゃくちゃスタイルが良かったです。そして、ずっとしんどい役を見事に演じていました。これ、演じるのしんどいだろうな…。語りとしての主人公と物語の登場人物としての主人公の違いもよかったです。最初の語りから登場人物に変わるところは最高に可愛かった。天井席で例によって例の如く双眼鏡を忘れたのでお顔までは拝見できませんでした。ガラスの動物園もいまいち拝めず…。

消化不良というか、なんともやるせない気持ちがずっしりと残る物語でしたが、こういう苦しさを味わうのも演劇の醍醐味ですね。

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