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予測なんて、最初からできるはずもなく、できないようにできていた

成功の予測

ばずったりする人の共通点って、ないんじゃないか。芸能やインフルエンサーや、人から見られることで食ってる人は誰だって有名になりたい。有名になることが成功の同義。でもそのいわゆる『成功』への共通点なんて存在しないってことに、うっすらと、でも確実に気づいてる。特別な感覚なんかではなく、ざっと見積もっても世界の半分くらいは知ってる。成功への近道も共通点も絶対もない。でもそれでいい。そうでなくては、希望もへったくれもないだろう。


成功は約束されてないし、どんな人が、どんなものが、成功するかどうかもわからない。わからないものを人は探すし、神の数式を見つけようとするけど、存在するかもわからない神が作った、存在するかもわからない数式を探すなんて、酔狂だとは思いませんか。でも、ここでは、神がいることを前提として話をしている。神がいる。神が人間に成功の機会を与えるべく思考の錯誤を極めた結果。おそらく、何も決めなかったんだろう。何も決めてないから、定義も数式も共通点も正解も何にもない。


でも神はそこに、確かに、人に可能性を与えたとも思う。その可能性は『共通点がないからこそ、好きなようにできる。思ったようにやっていい。』というもの。なんともわがままで横暴で、でも優しい。全ての人間に偏りや固定概念、常識を生まないように、成功や幸福の共通点と正解をあえて作らなかった。だからこそ、清純派アイドルがヒットするときもあれば、口が悪く派手な女優が一世を風靡することだってある。これもひとえに、共通点がない法則の賜物だと思う。


なら、成功の予測なんてできるはずもない。できないように、できているんだから。なのに人は探す。成功者の共通点をあぶりだして、模索し、近づこうとする。でもそれもある程度織り込み済みの思想で、それに気づいて逸脱し、ある種わがままな、ある種異端なやり方をした人間が成功するのかもしれん。重要なのは『優れる』ことではなく『異なる』ことなのかも。


神がいることを前提とした理論なんて、あてにはならない。書いている僕ですらそう思っている。でも、こういう有神論に頼りたくなる時だってあるだろう。わかるよ、わかる。神でもいてくれなきゃ救われない心もある。でも、これはどう考えても、神はいる。それがどんな形をして何を思って、どういう事をしようとしているかなんて知らん。でも、世の中に起こる事柄の片鱗に神を見ることは多々あるだろう誰にだって。


たまには、こういうファンタジーも悪くない。

沖縄おいで~