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#リプライでもらった単語を使って短文を書く 「将月、引越し、雪」

「うわ、雪やん」
 自動ドアが開いて、マサムネの第一声がそれ。確かに、地面がうっすらと白くなっているし、見上げると夜空を背景に白い雪がハラハラと降ってくる。
「八月に雪か、世も末だ」
「うわあ洒落にならん。滑らんかな」
「大丈夫でしょ、ほら」
 便所サンダルのままラボを出てきたミハルが、社交ダンスのようなステップを踏んで、軽やかに階段を降りる。薄ら積もった雪にスタンプみたいに足跡がついた。足跡を避けるように、階段をゆっくり降りる。夏だからといって気軽に軽装にもできないのかと思うと、やるせない気分になった。
「ほんで、どこ行く? ひらがな館? ケニア?」
「わたし、将月がいい。ジャンボチーズオムレツが食べたい」
「ええな! でも卵あるやろか」
「卵はまだ大丈夫じゃない? スーパーでもちょっと値上がりしたけど置いてるし。アキラもそれでいい?」
「いいけど」
 三人で相談しながらキャンパスを北上していく。どの店も、北門を出てそう歩かないところにある、普段使いの店だ。特別感も何もない。
「ミハルもマサムネも、それでいいのか。来週には引越しだろ」
「引越し、ねえ」
 少し先を歩くミハルが笑いながらバレリーナのようにくるりと一回転する。伸ばした指先に雪が降ったように見えた。奇跡みたいだ。
「わたしは阿蘇の観測所だってさ。地震と、地熱がえらいことになってるらしいよ。探索中に地割れが起きて、こないだ研究員がひとり亡くなったって」
「ほんで次の人柱がお前さんか」
「そういうこと。マサムネは、長野だっけ岐阜だっけ」
「長野。地学の研究施設ちゃうはずやねんけど、地形が色々変わったからマップ作ってくれって。まああそこらも火山だらけやし、うわさやと磁気もあんまり頼りにならんから人手が駆り出されるって」
「方位磁石が使い物にならなかったら、いくら歩測しても地図書けなくない?」
「やんなあ」
 まるでただの冗談のように。ミハルとマサムネが、死地になるかもしれない場所の話をする。学生といっても大学院生で、それも、後期課程への進学を大学都合で保留されていた身の扱い方としては妥当なのかもしれないが、どうして俺たちが、それも俺じゃなくてお前たちが、というやり場のない怒りが、込み上げようとして霧散する。二人の、どう見ても好奇心が勝った表情を責められない思いが、俺にもあるからだ。
「通信環境はなんとか保たれてるっぽいし、アキラには写真とか観測データとか送るね」
「いいのか機密保持」
「今更気にするやつなんかおらんやろ。有効活用したってや。でもアキラもいつまで学内におるか分からんか」
「どうだろうな。案外、あちこちに派遣されてデータ取りだけやらされるかも」
「フィールドワークもええけど考える時間も欲しい」
「寝なきゃいいんじゃない?」
「地震で寝れないかもしれないぞ」
 不謹慎なジョークに三人で一斉に笑う。すっかり動物のにおいがしなくなった農場の横を通って、もうすぐ校門だ。そういえば腹が減っていたんだと思い出す。
「お前らが戻ってきたら今日と同じメニューで祝うからな」
「まじか。店潰れへんように祈っとかな」
「ジャンボチーズオムレツと豚モダンと焼きそばね」
「ひとりで決めるな」
 雪はやみそうもない。きっと、店を出る頃にはもっと積もっているだろうか。ふと後ろを振り向く。三人分の足跡が、まだ雪に埋もれず、黒々とそこに続いている。