#リプライでもらった単語を使って短文を書く「探偵、琴、パイナップル、入道雲」

 空の青と海の青は種類が違うものだと、昔聞いた覚えがある。詳しくは覚えていない。水平線で空と海の境界がひどく曖昧になって、溶け合っている。だったらその違いにどんな意味があろうか。死んだ有孔虫が堆積した砂浜。目が覚めるような白。白骨死体。
「それで、それ以上わたしにどんな御用があって、ここに留まっておられるのですか、探偵さん」
 海岸に似合わない朱色の着物に、黒いレースの日傘をさした老女が、歩みを止めてこちらを振り向く。日傘の手元を握る手は、白いレースの手袋で覆われている。手袋の下の左手、薬指に、くすんだ金色の指輪があるのを確認したのはつい先ほどだ。
「いやー、まあ、せっかくここまで来たし、パイナップルでも食って帰ろうかと」
「時季はとうに過ぎましたよ。せめて御盆までに来られませんと」
「……そりゃ残念だ。もう少し早く骸骨が見つかってりゃよかったんだが」
 老女は何も言わず、再び前を向いて歩きだす。有孔虫の死骸を踏み締める音がする。革靴の中にまでそれらが入り込んでくる。格好付けてスーツなんか着てくるんじゃなかった。まして革靴なんて。何も考えずにアロハシャツにサンダルを引っ掛けて来りゃあ良かった。そんな格好の胡散臭い男でも、探偵と名乗れば、彼女は理由を悟っただろう。
「本当は、あんたを連れて帰ってきてくれとも頼まれてるんだ」
 老女は立ち止まらない。
「あんたの大切なものはすべて買い戻したと。琴も、その道具も、着物やら本やら、ああ、食器もって言ってたな。湯呑み茶碗やら」
 老女は立ち止まらず、振り返りもしない。
 普通に歩けば彼女との距離が縮まりそうなのを、堪えて堪えて歩いている。起こるはずもないのに、少しでもこの距離を縮めれば、老女が消えてしまうような気がした。
 透き通った波が寄せては返し、寄せては返し、濡れた砂は僅かに色を濃くして、同じ色彩の箇所がない。草履が踏んで凹んだ穴も同じこと。黒い草履の踵が白い砂の上で揃い、止まる。それに倣って足を止めるが、老女はこちらを向かない。日傘を傾けて海を見ている。
「すぐに入道雲が湧くでしょう。夕立は、うるさいでしょうか」
 老女と同じように海を見る。海と空が混ざり合った水平線を見る。そのどこにも、雲なぞ見えない。彼女がいま確かに見ているのが、いつどうやってやって来て、去っていった夏なのかも分からない。
「きっと、耳を塞ぎたくなるほどうるさいでしょうね」
 老女が呟く。海を見ながら。鎮魂のように。