見出し画像

人的資本〈統合報告書解説②〉

統合報告書の注目コンテンツについて、シリーズで解説していきます。
第2回目は「人的資本」についてご紹介します。
※このシリーズは不定期発行でお届けします。

人材を「資源」ではなく「資本」と捉える

2023年3月期以降の有価証券報告書への開示の義務化をはじめ、経済産業省による「人的資本経営コンソーシアム(※1)」の立ち上げ、東証コーポレート・ガバナンスコードの改訂など、企業の「人的資本情報開示」を促す動きが顕著になっています。

これは、人材を「資源」(コスト)としてではなく、資本(投資対象)と考えることにより、多様な人材の登用、中核人材となりうる人材の採用・育成などに資本を投下し、競争力ある企業活動の実現を狙ったものと思われます。このように、人的資本を戦略的に活用する経営の手法が「人的資本経営」です。

当社が実施している「統合報告書調査」においても、2022年版の調査では18.2%であった人的資本、もしくは人材戦略に関する記事掲載率は、2023年版の調査では実に82.1%へと飛躍的な増加を遂げています。「義務化」という外圧が開示を促進したことは間違いないと思いますが、各企業が人材を重要視し、さまざまな戦略・施策を実施している様子が見て取れます。


※1:日本企業および投資家などによる、人的資本経営の実践に関する先進事例の共有、企業間協力に向けた議論、効果的な情報開示の検討を通じて、日本企業における人的資本経営を実践と開示の両面から促進することを目的として設立された共同体。

人的資本情報の開示を後押しする動き

人的資本経営や、人的資本の開示が重要視・義務化された背景には、ダイバーシティへの注目、アメリカでの人的資本開示の義務化、ISO30414の発表、人材版伊藤レポート2.0(※2) の発表などが挙げられます。


※2:伊藤レポート:経済産業省が主催したプロジェクトの最終報告書の通称であり、一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏が座長を務めていることから、彼の苗字に由来して「伊藤レポート」と呼ばれている。本レポートは日本におけるコーポレートガバナンス改革を牽引する報告書として知られている。これまでに5つのレポートが発表されており、「人材版伊藤レポート」はそのひとつ。人材版は主に人的資本の最大化や人材戦略に特化した提言をまとめている。

伊藤レポート(PDF)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/pdf/itoreport.pdf
人材版伊藤レポート
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220513001/20220513001.html

経済産業省HPより

「ダイバーシティ」を重要視

近年の多彩な働き方や女性活躍推進など、ダイバーシティ(多様性)を重んじる風潮により、一人ひとりの個性や強みを活かした経営に注目が集まっています。

アメリカでの人的資本開示の義務化

アメリカでは2020年8月に上場企業に対して人的資本の開示を義務化。米国企業投資において、人的資本情報の閲覧がスタンダードとなりました。

人的資本に関する国際的なガイドライン「ISO 30414」の発表

ISO 30414は、国際標準化機構「ISO」が2018年に発表した人的資本の情報開示のための国際的なガイドラインです。どの国・どの企業でも人的資本状況を把握しやすくするためのものであり、これにより世界的に人的資本経営への注目が高まりました。

「人材版伊藤レポート」の発表

日本企業の持続的な成長を促進するために、経済産業省によって2020年に発表された人的資本経営の指針。国内企業の人的資本経営を推進するため、日本政府から発表された初めての人的資本経営に関するガイドラインです。

2023年版統合報告書での開示事例

人的資本に関する具体的な開示方法は、各社の考え方・取り組みに合わせてさまざまな視点からアプローチしています。以下に主なパターン別の事例をご紹介します。

人的資本をわかりやすく説明している

  • ミネベアミツミ株式会社(統合報告書):人的資本に関する取り組みを価値創造プロセス的に解説

  • 株式会社ネクステージ(INTEGRATED REPORT):人的資本の取り組みテーマを4象限で解説

経営者レベルの人的資本に関する対談・座談会を実施

  • 株式会社J-オイルミルズ(J-オイルミルズレポート):
    マネジメントダイアログ

  • ホーチキ株式会社(統合レポート):人的資本トークセッション

従業員主体の座談会を実施

  • 株式会社サンドラッグ(統合報告書):従業員座談会

  • ブラザー工業株式会社(統合報告書):人的資本・ビジョン座談会

  • 三和ホールディングス株式会社(統合報告書):社長・従業員座談会

  • 三井化学株式会社(三井化学レポート):
    チャレンジする社員たちの座談会

  • 信金中央金庫(統合報告書):若手・中堅社員座談会

  • 森永製菓株式会社(統合報告書):従業員座談会

  • 日工株式会社(Corporate Report):社員座談会

  • 富士製薬工業株式会社(統合報告書):Well being座談会

  • 株式会社琉球銀行(統合報告書):従業員座談会
    など

女性活躍推進/DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&
インクルージョン)に関する座談会を実施

  • 株式会社イトーキ(統合報告書):女性活躍推進座談会

  • 日本酸素ホールディングス株式会社(INTEGRATED REPORT):
    女性活躍推進座談会

  • 三菱商事株式会社(統合報告書):DE&I座談会

  • 小野薬品工業株式会社(コーポレートレポート)DE&I座談会
    など

このような人的資本に関する情報を踏まえ、投資家は各企業が持続可能な経営をしているかどうか、投資に値するかの判断が可能となります。また企業にとって、これらの情報開示は投資家に対する重要なPR手段のひとつとして考えられます。さらに、企業のブランディングや採用活動において、応募者に対する印象度アップなども期待できます。

今後も人的資本に関する情報開示はますます進化していくでしょう。

次回は社外取締役の意見について解説する予定です。

株式会社ファイブ・シーズ PFP研究所
主任研究員 西坂 洋一