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満足と一流の仕事人

世間には一流の人、超一流の人がいる。一流とは具体的に何なのかという定義めいたものは置いておいて、いるのは間違いない。

なぜそう言いきれるのかと言うと、そういった(超一流と言っても差しつかえないだろう)人と仕事をしていたことがあるからだ。


私は今の会社に転職する前に、婦人靴を作る会社で職人として働いていた。仕事は靴作りの工程ごとに専門の職人がいて、いわゆる分業制である。
1人で1つの靴を最初から最後まで作るタイプの職人工房ではなかったということだ。

その会社は大阪では品質レベル、職人のレベルが高く評価されており、もし同じ職人として別の会社に移ろうものなら「ああ、あそこの会社でやってたの?すごいね。ちょっと給料優遇しようか」的なことになるくらいだ。

私もひょんな事からその会社に入ることになり(それまではフリーターをしていた)、師匠や社長のおかげもあって1人前の職人として認められるようになって、一流の職人になることを目標に毎日腕を磨いた。

その会社は社員が7人程だったが、仕事の量と必要な職人の数に合わず、外注に出している仕事があった。外注で仕事を請負う職人さんは自宅に自分の仕事に必要な設備を持ち、(大抵は)
複数の会社から仕事を貰っているタイプの人だ。

私が超一流の職人だと考えていた人というのは、その外注で私の働いていた会社の仕事をしていた方だった。Kさんと言う。

Kさんは中卒で(私の元会社や同業他社には中卒で職人修行を始め、私が勤めていた時点では高齢の方がほとんどだった)、この仕事を40年位続けていた。
背がとても高くコワモテで、若い頃に柔道をしていたこともあってかガタイもよかった。
初対面ではかなり近寄り難く感じたことを覚えている。

でもKさんは、ものすごく真面目であまり冗談を自分から言うタイプではなかったが、人の冗談にはよく笑い、優しくツッコミを入れたり、奥さんを大事にし、人と接しているときはいつもニコニコしているような、ある意味で仏のような人だった。ちなみにお酒は弱く、生小で酔っ払う笑。


私は2度か3度、Kさんの自宅兼仕事場にいく用事があり、Kさんの仕事を間近で見させて貰う機会があった。

結論から言うと、「これが超一流や!」という感想しか出てこない程凄かった。いや、凄まじかった。

マンガやアニメなんかを見ていると、そんなもん現実では有り得るわけないやろ!というような速さでパンチを繰り出したり、足元がグルグルグルーっと扇風機になった様な描写で走るコミカルなシーンなんかがあったりするが、あれが目の前の現実の人間がやっているようだった。

Kさんのメインの仕事はミシンで皮を縫う作業だ。まさにそのミシン縫いをグルグル扇風機的に行う。

凄まじいの一言だ。それこそマンガのようなベタな一言を言ってしまいそうになった程だ。
「そ、そんなバカな...」と。

でも失礼ながら、この人バカなのかな?と思ったのは本当である。(Kさんスミマセン笑)
口には出さなかったものの「バカか?そんな速さでミシン回して真っ直ぐ縫うたり、丸く縫うたりできるわけないやろ」と思った。

だが、出来上がるのはそれはそれは寸分の狂いなく、美しく縫い上げられたアッパーなのである。

凄まじい!

そんなバカな!だ。


長くなってしまったけど、言いたいのはただ単に超一流が世の中にはおるんやでみたいな、誰でも知ってるようなことではなく、メンタルなのだ。

Kさんはその腕の良さから、賞賛されることがよくある。私の目の前でもそうされている場面をよく目にした。

しかし、Kさんはどんなに賞賛されようが評価されようが(酔っ払っている時でさえ)、「んなことあるかい苦笑」とか「なんでやねん照笑」みたいな返しをする。
それでいて、本当に心の底から「そんなことない」と思っているのだ。
全く思っていない。

西日本を探しても同じレベルの実力を持つ職人はいないかもしれないのに、だ。

でも自分の仕事に対して自信やプライドはしっかり持っている。自分を卑下しているのではない。
毎日仕事している中で課題を見つけ、その課題を解決し続けているのだ。これはこう出来るようになった、次はあれをああしたい。という風に。

端から見れば、100メートルを9.9秒で走っているように見える。いや、実際に走っている。
だが、本人は9.8秒で走りたい。その為に足をもう少し高く上げたい。今の俺には出来ない。どうすればいいのか?という風に。

だから、人から褒められようが、そんなことないよと言うし、思っている。誰も登ってこれない高みまで登っても自分に決して満足しないのだ。

だからこそ。そう思い、課題に取り組み続けるからこそ。そこまでの技術を身に付けたのだ。

40年そのメンタルでいることは誰もが出来る訳ではないと思う。途中で満足してしまうのがむしろ自然だと思う。


自分もそれなりに人生を過ごしてきて、出来ることも増えてきたように思う。出来ないことの方が圧倒的に多いのは承知だが、自分に満足することはないと思う。そうでありたい。



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