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【32】 noteを1ヶ月続けて感じたことや思ったこと

今回のテーマは「noteを1ヶ月続けて感じたこと、思ったこと」です。

早いもので、noteを毎日投稿する!と始めてから1ヶ月が経ちました。わたしは続けることが本当に苦手で、毎日投稿を1ヶ月続けられたのが奇跡だと思っています(絶対続かないと思ってた)。

1ヶ月続けることで、色々感じたことや思うことが生まれてきたので、それについてまとめていこうと思います。


<感じたこと>

●文字数はある程度制限した方が良い

note投稿を続けていて最初に思いました。ある程度文字制限は設けた方がよいな、と。

最初の頃は文章を書けないことに少し困っていましたが、書くのに慣れてくると今度はひとつの投稿につき文字数がどんどん多くなっていきます。

多くなること自体に悪いことはないのですが、文字数が多くなると全体をまとめるのが難しいなと感じてきました。話が脱線しがちで、後で読み返してみてもなんかよくわからない、と感じるような文章もありますし、本当に伝えたかったことが霞むような気がしました。

加えて、文字数をあまり意識しないから文章全体の構成が雑になってきて、ちょっと無理に締めに入ったり、なんてこともありました。

だいたいの感覚ですが、おおよそ800〜1200文字くらい。

このくらいが、わたしの投稿内容と親和性の高い文字数なのかなあと、直感で感じております。

もちろん、テーマ投稿や、腰を据えて伝えたいことがあるときは別ですが、普段のなんでもない投稿は1000文字前後が読みやすいかな、と感じております。読むのに時間がかかると意外とエネルギー使いますしね。

●noteに投稿するのが習慣化してきた

20日目くらいから、noteに投稿するのが習慣化してきたな、と感じるようになりました。

わたしは投稿するタイミングを朝の出社前と決めているので、家を出る直前まで頭をフル回転させて文章を考えています(最近は前日の夜にある程度構想を練って下書きをするようになったので少し余裕があります)。

ただ少し慣れてきてからは、朝だけnoteのことを考えているわけではなく、ふとした時間にも投稿のネタを考えるようになりました。

普段から投稿のネタを考えるまでに、noteという存在がわたしのプライベートを侵食し始めているみたいです。

でも、気がつくとどんな文章を書こうかな、って考えるようになったのはとても良いことだと思います。そんな時間がなんだか愛おしく感じるようになりました。

●時間がある時に下書きはストックした方が良い

当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、毎日投稿を続けるのであれば、空いている時間に下書きのストックをしておく方が絶対に良いです。

わたしは日中のスキマ時間や夜の自由時間をつかって積極的に下書きを作っています。

完全に下書きを作り終えるのが理想ですが、だいたいの構想を作っておくだけでも投稿日の朝が大分楽になりました。

出社前までに出来上がらなかったら本当に困りますからね。

最低限のクオリティに仕上げるためにも、投稿日の朝は推敲してちょっと手直しするくらいがストレス的にもよいなあと感じました。

●毎日投稿はしんどいこともある

自分で課しておいて毎日投稿はしんどいと感じることもあります(むしろ結構感じているかも)。

ちょっと忙しかったり、時間に余裕がない時なんかは書くことそのものが億劫になりますし、ネタが浮かばないとストレスを感じることもあります。

それでも、わたしの性格上、一日でも期間が空いてしまうとそのまま続かなくなってしまうので、半ば強迫観念のようなものに駆られながら、なんとか1ヶ月続けることができました。

続ける上では、「いかに続けられるように工夫するか」が大事だと思っています。

わたしが朝イチ投稿にしているのもそのためで、朝に投稿ができなくても最悪夜の時間があります。

朝イチは起きてさえしまえば誰にも邪魔されることはないですし、元気もいっぱいです。

逆に夜型投稿にしてしまうと、急に予定が入ったり、体調が悪くなってしまうと時間がなくなってしまうので、確実に続けられるよう朝イチ投稿にしています。

●内容はともあれ表現することは楽しい

過去の投稿を振り返ってみると、拙い文章だなあと感じることばかりですが、それでも自分の思っていることを言語化して、自分なりに表現するのは楽しいと感じています。

ぼんやりと考えていることを言語化する段階で自分と向き合うことができますし、過去に投稿した自分の記事を読んで、改めて自分と向き合う時間もなんだか好きです。

考えていると新たな発見と出会うこともありますしね。

文章を書いていると、改めてわたしは文章を書くことや読むことが好きなんだなあと感じます。

最近は動画で情報を得ることも増えてきたと思うのですが、わたしはあえて脳内に負荷をかけて、文字だけで情報を読み取るのも良いと思うんです。

脳に負荷をかけることって楽しいですよね(圧)?

また、幸いにも「スキ」や「フォロー」をしてくれる人がいるので、確実にわたしの原動力になっています。

いつもありがとうございます。エネルギーをもらっています。

noteを投稿すると、もちろん見てくれる人がいるので、有益な記事にしなきゃ、とか面白い記事にしなきゃって考えることがあるのですが、ひとまずこの楽しい思いを優先して投稿させていただけたら、と思います。

***

続いて思ったことについて触れていきます。

<思ったこと>

○続けること vs 記事の完成度を高めること

記事を書いているとふと思うことがあります。

もうちょっと時間をかけたらもっと良い記事になりそう。

その感覚はおそらく間違ってなくて、時間をかければ記事の完成度が上がっていくと思っています。

そのために、週に1回はしっかり書こうと「テーマ投稿」を始めました。

我ながら良い活動だと思っています。

でも思うんですよね。

納得いくまで書く、これを追求していくと投稿へのハードルが上がっていくんじゃないかと。

ここまで続けられたのは良くも悪くも「立派な記事をあげる」という熱意がそこまでなかったからだと思っています。

あくまで「note活動を続けること」を念頭に置いていたので、あまり身構えず、自由な気持ちで続けられました。

記事の完成度を上げることも大事だけど、そうなると記事の作成にかける時間が多くなって、投稿すること自体が今よりも億劫に感じないかなあ、という不安が張り付いてくるわけです。

難しい部分です。

でもわたしのなかで一つの答えみたいなものがあって、

とりあえず続けていれば何かしらの答え見つかるんじゃない??

って、思ってます。

あんまり気負わずに、今は続けることを楽しもうかな、って思うわけです。

なのでひとまずは記事の完成度よりも、続けることに重点を置こうと思うのですが、ここでもう一つ問題があります(次の見出しへと続きます)

○noteを続けている目的は何だろう

正直、noteを続ける目的がはっきりしていません。文章力を上げたい、とか、そんな漠然としたものです。

そんなガタガタの柱で続けられていることにびっくりしてます。目的がちゃんと存在していて、その目的に向けて行動がともなってくると思っていますから。

一つ前の見出しで、続けることに重点をおく、と決めたのですが、続けた先をまだイメージ出来ていません。

目的がしっかりしていないけど、表現することはなんだか楽しいから続けている。

まさにこんな感じです。かなりふわっとしてます。

いっそ続けることを目的にしようかと思ってきたくらいですから。

なので、今はまだ目的を決めなくてもよいかなって思っています。

なんとなく楽しいから続けられるだけ続ける。うん、これも悪くないよね。

悩みながら、自分進む方角を見つけていきます。

○自分が本来やりたかったことは何か


わたしは小説家になりたい。実はそんな野望があります。

わたしの書いた小説で、誰かの心を震わせたい。誰かの助けになりたい。そんな夢を持っているのですが、特に努力しているようなこともありません。なので夢というのも恥ずかしいです。

牛歩くらいのスピードで小説を書いてはいるものの、全然進まない。

実は小説を書くような胆力は自分にはなくて、小説を書いているというのも恐れ多いくらい。夢なんて待っているだけで叶うことはありやしないのに。

なので、時々これではいけないと思い、少し進める。

でも、いよいよこのペースでは到底書き上げられない。でも、何かしらの形で、わたしは夢を追いかけたい。

そんなとき、このnoteに出会いました。

小説を書くにもわたしには続ける力がない、胆力がない。そう思って、ひとまず表現することを続けてみよう。そう思いました。

noteを続ける上で小説のことを意識しているわけではありません。現に、noteを始めてから小説が進まなくなっちゃいました。

それでも、何かの形で夢に近づきたかった。

なので、表現することを続けよう。

そう思い、わたしはこの活動を続けることに決めたわけです。

始まりなんてただの思いつき。

どんな形でも、どんなに醜くても、どれだけ恥ずかしくても。

どうやらわたしは夢を諦めきれないみたいだ。

雪白真冬




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