ピラニア 橙色の稲妻

橙色の稲妻

アマゾンの原生林は相変わらず激しい豪雨に晒されている。絶え間なく雷鳴が鳴り響き、派手な色の閃光が緑の魔境を照らし出す。霧が一層濃くなり周囲は白くぼやけてきた。地面の土も泥とグチャグチャに混ざり合い、湿原化してきた。川の水位とかなり上がってきている。このままどうなるのかと心配するくらいである。その霧の中を熱帯植物の木々や葉から零れ落ちる水を浴びながら、クロエは進んでいた。濁流のような雨の音が煩わしい。クロエはまるで滝に打たれているかのようだ。クロエは先ほどのスマホのマップ画面を思い出していた。基地でのブリーフィングの後、コロンビアに派兵される前に司令官からスマホに送られた情報には確かなルートが記されていた。マップにマーキングされたポイントが怪しい箇所だ。何れにしても補給基地、ゲリラの地下施設、軍事要塞など重要な地点が記されていた。マヌエラはこのどこかに潜んでいるのか。だが結論は出せない。アメリカ軍が把握していない拠点に潜んでいる可能性もあるからだ。マーキングポイントを全て調査してもマヌエラがいなければ他を探すしかない。勿論継戦能力を弱めるため武器庫などは破壊する。不足の事態は付き物だ。マヌエラがアメリカ軍の情報網の外に存在するならばそれを突き止めるのもクロエの使命だ。自分で探し出す必要もあった。クロエはマヌエラが潜むと思われる拠点の一つ、部隊の集合地に向かっていた。それにしてもコロンビアのジャングルは迷宮であった。緑が深く生い茂り、歩くことさえ困難。迷えば動物の餌食になるだろう。ブラジルでもそうだったがアマゾン熱帯雨林は常に面白い要素を持つ地域だった。来る度に地形が違う。川の侵食は大地を飲み込む。これほどまで自然環境の厳しい地はそうはないだろう。アマゾンを知り尽くしたクロエもこれほどまで環境が変わるところもないと思っている。クロエは野生の直感を頼りに進む。今思えばマヌエラがここまで勢力を拡大できた背景が気になった。背後に支援者がいる可能性がある。父親のビジネスもそうだ。資金援助をしている黒幕がいる可能性が高い。反米を餌に肥えている連中がいるに違いない。クロエはアラビアの武装勢力指導者を思い出した。冷酷で残忍な性格だが頭のキレる女だった。反米国家との闇取引で莫大な富を得ていた。だがその天下もクロエの破壊工作で破滅。中近東での反米勢力撲滅作戦が実施され、アメリカ軍特殊部隊と共にイラクに上陸。格闘戦の末にその首をへし折ったのだった。アラビアも反米主義が多いがここ中南米も多い。そういう輩はどこにでもいるのだろうが。マヌエラの背後に蠢くろくでなし共も何とかしなければならない。クロエは意思を秘めた瞳で前を塞ぐ植物をナイフで切り落とした。切れ味抜群のサバイバルナイフはクロエが自分で鍛練したものだ。このナイフで過去に様々なターゲットを仕留めてきた。さながら血を吸うナイフだ。クロエが握れば地獄の血塗れのナイフなのである。

「マヌエラは私が倒す。このナイフで、必ずな」

クロエはマヌエラへの殺意を燃え上がらせた。恨むべき相手として認識する。そう思い込むのだ。暗殺任務では対象に憎悪の心を抱くのがクロエの流儀だ。そうすれば情け容赦なく殺せる。それが自分がやり易い暗殺作法なのだ。
補給基地から奥へ続くルートは樹海の如くまさに道なき道と呼べるほど入り組んでいた。ナイフを使って葉を斬り倒しながら進む必要がある。ジャングルを進むのは開拓の様相を呈してきたクロエはナイフをバックパックから取りだした。今まで何人もの血を啜ってきた悪魔のナイフだ。これがあれば道を作れる。ナイフで道を塞ぐ植物を斬り倒して進む。アマゾン熱帯雨林の鬱蒼とした植生は行動も阻んでくる。簡単には進めない。葉や枝を切り取る繰り返し。ナイフで切っては捨てる作業は延々と続き、自分との対決のようだ。クロエは次々と葉を切り道を切り開いていく。一心不乱にナイフを振るう。後には切られた木や葉が地面に落ちている。

無尽蔵の体力や気力を誇るクロエもしばらく休憩をとりたかった。ここまでずっと行軍しっぱなしだ。濁流に打たれ続けているため雨を凌ぎどこかに座りたかった。体温が下がる。

ジャングルを進むと巨大な木があった。その幹には人一人が入れるほどの大きな穴があった。中には充分横になれるスペースはある。ここならば一先ず豪雨を凌げる。一段と強まった雨の音が大きすぎて何も聞こえないくらいだ。

「しばらく休んでいないな。任務はまだ始まったばかり、先は長い。ここで睡眠をとるか」

クロエは木の穴に入り込むと熱帯植物の葉っぱを敷いてバックパックを枕にして横になると静かに眠りについた。

etc.....

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