最近の記事

めざまし音

 私は牧子さんが中好きであった。大好きであれば、直接ディープキスをしたいと願うであろう。私にはそこまでの執着はない。小好きであれば、直接ライトキスを求めるのが道理だ。それでは物足りぬ。私は牧子さんとの間接ディープキスを熱烈に望んだ。よって、私は牧子さんが中好きなのである。  私は間接ディープキス用のソプラノ笛を購入し、牧子さんをデートに誘った。牧子さんはあっさりと快諾してくれ、明日の午前十時にハトコ岩の前で待ち合わせとなった。  絶対に遅れてはならぬと、ねむらし時計をセットし

      • 無脳人間

         わたしの帽子が風に飛ばされた。帽子は国道に落ち、何台かの車が、それを踏み潰していった。帽子の中に脳が入っていたのではないかという心配を覚え、一瞬、思考が混乱した。思考が混乱したから、脳は帽子の中に入っていたにちがいない。そうでなければ、思考が混乱するはずはない。ゆえに脳は帽子の中に入っており、脳は車に踏み潰されたのだ。わたしの脳はなくなった。わたしは無脳人間である。  新しい帽子を買おう。そこに脳が入っているかもしれない。その帽子をかぶれば、有脳な人間にもどれるのだ。  わ

        • 加速定規

           定規を振り回して、高校地理教師の神崎明日香美(かんざきあすかみ)は、熱心に説明を続けた。 「明日香美は、アメリカに行ったとき、行きと帰りで飛行時間が違うことに気づいちゃったんだ。なんでかっていうと、偏西風のジェット気流なんだよね。ジェット気流が追い風になって、東京からアメリカへのフライトのほうが当然早く着く。そういうしくみなんだわさ」  神崎明日香美はさらに激しく定規を振り回した。定規がすっぽ抜けると、恐るべきスピードで、生徒の茂師凝仁美(もしこりひとみ)のほうへ突き進んだ

        めざまし音

          パリのアゲパン

           間宮林蔵がまだ樺太を島か大陸の一部か断定しかねていたころ、日本列島の片隅でど根性バレエという奇妙なバレエが生まれた。  ど根性バレエとは、島国日本の島国根性を物事の根本にしておどる特殊バレエのひとつだ。視野を狭くたもち、静かに心を閉ざす。 「井の中の蛙( かわず)大海を知らず。空の青さを知る」ということわざがある。島国根性がど根性へと開花する精神を表現した、心が浮き立つようなことわざである。ど根性バレエの究極の理想だ。  ど根性バレエは、幕末に大流行を見せた。島国日本を

          パリのアゲパン