とうめいなものを見る力
真摯なること
一流の写真家として名前を馳せる十文字美信が、その専門から大きく踏み出して6年がかりのフィールドワークを行った大著。そういう文化人類学としての見方もできる。しかし氏は徹頭徹尾カメラマンで、スケジュールもガイドも通訳もない旅に凝縮された視線がついてくる。
8年かけて撮って解説もすべて自分で書いた『黄金風天人』がそうであるように、氏の粘り強さと学び強さはタイの山奥でも輝かんばかりに発揮される。
カタコトのタイ語、日本人としてわかる漢字、聞き覚えたヤオ語、そういったものをつなぎ合わせて、日本人など誰も会ったことのない山の民ヤオ族の呪術師と深いところの会話を丹念にしようとするのだ。
だからこそヤオ族の大呪術医師たる大師公(トムサイコン)の老四(ラオスー)は氏に住居を与え、言語化のむつかしい領域にも辛抱強く付き合い、6年がかりでその秘奥を明かしてくれたのだと思う。
ついに見つけた760年前の書状を読み解く際は「字源・辞海・字統・古語などの漢和辞典から熟語・仏教語・国語辞典・広布の類まで、片っ端から辞書を調べ」、《後漢書》《南史》を照合し、協力者に現代中国語に書き直してもらい、138行の漢文を読むのに10ヶ月かけている。どこまでいっても手を抜かないのである。
人柄を知って読む
鎌倉のBISHIN JUMONJI GALLERY、2023年10月~2024年1月に展示された「刻々+」に行くたび、凝縮された美意識と水の躍動感に打ちのめされる。予約制なのをいいことに1時間半たっぷり居座り、十文字氏から好きなだけ話を伺えるのが嬉しくて何度も通った。
撮影の苦労と工夫。予期できぬ水を撮る喜び。カメラマンとしての意識の変遷。そこで挙がった一冊がこの『澄み透った闇』で、古本で探して読んで、質問と感想を携えてまた話をしに行った。
あえて通訳をつけず、山岳少数民族をひとり追いかけたその過酷で芳醇な旅。氏を温かく見守り、導いてくれる人々。それらにリアリティを与えるのは氏の人柄である。
見ることや撮ることへの真摯さ、誰にでも向き合う快活さ、膨大な経験とそれをわかりやすく伝える力。けして簡単な本ではないが、何度も話して実感した氏のパーソナリティに支えられて、ずいぶん深くまで読めたように思う。
世界と私のあいだにある無数のレイヤー。澄み透ったその闇に、じっと目を凝らす。