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映画『ザ・ハント』 考察と感想

クレイグ・ゾベル監督の2020年のサバイバルアクション作品。
荒木飛呂彦が対談でオススメしていた本作(JOJO magazine 2022 SPRING)は、「マンハント」なB級映画と思いきや、いい意味で期待を裏切られる快作でした。以下、ネタバレ全開なのでご注意を。

ストーリー

プロローグ

プライベートジェットでくつろぐ乗客たち。そこにとつぜん現れた招かれざる男に騒然としつつも、平然とその命を奪う。男は獲物で乗客たちは狩人だったのだ。

リーダー格の女性は「同志よ、感傷に浸るな」「これは戦争だ」と告げて去っていく
これは動物農場からの引用になっている

"No sentimentality, comrade!" cried Snowball from whose wounds the blood was still dripping. "War is war. The only good human being is a dead one."

ジョージ・オーウェル『動物農場(Animal Farm)』

第一部

森のなかで目覚めた獲物たち11人(機上で1人減っている)。口には枷がはめられ話すこともままならない。そこはヒトの狩り場だった。なすすべなく命を散らしていくなか、ひとりの女性が冷静な行動を見せる。

名札のピンを方位磁石にして、北へと去っていくクリスタル(Crystal May Creasey)
冷静に考えると摩擦で静電気を帯びても磁化はしないが……

第二部

列車に飛び乗って狩り場を脱出した2人。そこはクロアチアの難民キャンプだった。こんなところでアメリカ人がなにをしているのかとロシア兵に言われながら大使館と連絡を取ろうとする。しかし迎えに来た大使館員もまた狩人のひとりだった。

偽の大使館員を撃退して狩人たちの計画を知る
逃走か、闘争か

第三部

奪った車で逃げる代わり、狩人たちのねぐらを襲うクリスタル。数ヶ月の訓練をした程度の狩人たちはアフガニスタン戦争帰還兵の敵ではない。顧問の州兵もなぎ倒したところに届いた無線によってリーダー格の女性が残っていることを知る。

知り合いの州兵に頼んでみっちり訓練した狩人たち
とはいえ人狩りの精神的なハードルはかなり高い気はする

第四部

リーダーの住む屋敷へやってきたクリスタル。そこに待っていたのは元CEOのアシーナだった。内輪のチャットで冗談で書いたことを陰謀論者に騒ぎ立てられて地位を追われた。その復讐として事実無根の「人狩り」を実現してやったのだとアシーナは言う。ベートーベンの流れるなか最後の闘いが始まる。

75万円のシャンパンを必死で受け止めるアシーナ
真剣さのなかに笑いを混ぜてくる

考察

疑われたドン

第三部で無線でアシーナ(狩人のボス)がドンに話しかけるのを聞き、クリスタルはドンに武器を置けという。自分は無実だと言いつつも再三の警告に応じないドンをクリスタルはついに射殺する。ドンは狩人サイドだったのか。
見返してみればドンは最初の11人のなかにいて、激しい銃撃戦のなかに混じるのはリスキーだ。ねぐらで狩人の大半が撃ち殺されるのを静観していたことからもドンは獲物サイドだろう。
アシーナの屋敷に貼られていた獲物11人の写真(ドンの写真はアップにならないが)、「ドンを殺したの? "仲間"だと私が言ったから?」というアシーナのセリフもそれを裏付ける。
つまりアシーナがまんまとドンを疑わせたことになるが、そうやって騙したことでアシーナもクリスタルを本人か確信を持てなくなる終盤に繋がっていく。

元CEOであり判断力や意志力に自信のあるアシーナでも
「私が正しいに決まってる」と言い放ってしまう

ふたりのクリスタル

第四部のアシーナとの格闘のなかで、ハンドルネームJustice4Yallのクリスタル・メイ・クリーシーは同じ町に住む同姓同名の別人だという(メイのスペルがMayとMayeだけ違う)。まさか、いやしかし。自信たっぷりだったアシーナが初めて揺らぐ。これはブラフだったのか真実だったのか。
クリスタルが「彼女の電話番号を教えるから、電話してよ」といったのはひとつの証拠になる。相手が誰であれアドリブでもうひとりのメイを演じてもらうことは難しいだろう。
線路でゲリーの語った陰謀論を一顧だにしない態度や、言葉少なに鋭い眼差しと思慮深さを湛える様子も「ネットで愚かな口を開き続け」「皆の正義(Justice4Yall)」というハンドルネームで根拠なき誹謗中傷を喧伝するペルソナとは程遠い。
ベートーベンを聞き分け『動物農場』を読む知性もそうだし(there を their とは打ち間違えそうもない)、なによりアシーナが語るクリスタルの生い立ちにはアフガニスタン戦争帰還兵としてのエピソードが入っていない。
これだけの行動力や武力をみせた彼女が、両親をドラッグで亡くして「バイトと生活保護を繰り返していた」で済まされはしない。

最期になってようやく自分のミスを認めたアシーナ

ウサギとカメ

第二部で偽の外交官を見破って車を手に入れるも、ドンに「さっさと逃げよう」と言われて「ダメ」と断るクリスタル。苦渋の決断を匂わせながら、逃げない理由を語る代わりに母親がよくしてくれたイソップ童話について話し出す。
その寓話にはオリジナルの結末がついている。油断のあまり居眠りして試合に負けたウサギは、その夜にカメの家に押し入って一家を惨殺した。そうして彼らの夕食を一口も残さず平らげるのだ。
この寓話は眠らされ連れてこられたクリスタルにそのまま当てはまる。ウサギは狩人一家を皆殺しにし、アシーナの作ったチーズトーストや1907年物のシャンパンを平らげた。
もちろんこの寓話を語った時点ではどちらが生き残るかはわかっていなかった。全滅してカメにもなりうるし全滅させてウサギにもなりうる。歴史も寓話も勝者が作るのだ。

逃げる代わりに復讐を選んだクリスタル
母親が語るとは思えない結末は即興だろうか

感想

序盤から緊迫感と驚きに満ちたスピーディな演出が印象的だった。B級映画感をうまく活かし、この人が主役だろうという思い込みを巧みに裏切るところが面白い。狩り場からの脱出、逆襲への展開、リーダーとの直接対決と各シーンが自然でよく練られている(制作費は20億円)。驚きと笑いが絶えずあり、冷静さとタフさがフルに発揮されるところに荒木飛呂彦作品の雰囲気を感じた。
クリスタル役のベティ・ギルピンの演技がすばらしく、表情に厳しさと明晰さ、苦悩を常ににじませた様子から彼女の人生が見えるようだ。彼女が最小限のセリフできびきびと動くお陰で、90分の映画に内容がぎゅっと詰めこまれている。
特に印象的だったのが、狩人のねぐらを襲って完勝したクリスタルがなおリーダーの女性を追おうとして理由を問われるシーン。「(リーダーの女性に)私も似てるの。それに……仕事はレンタカー会社。やってられない。でも今日は……自分になれる」という答えには、危険を冒して強敵に立ち向かうことに説得力を与える。
題材が「マンハント」でなければもっとヒットした気はするが、テーマ的に切り離せないところもある。総じて満足度の高い映画だった。

「それに……」で頬を伝う一筋の涙
自分の真価を発揮できない日々の辛酸を感じさせる

参考文献

付記

この作品が好きなひとは映画『イコライザー』も気にいると思う。

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