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食品安全委員会の20年を振り返る#6~7 BSE問題前・後編 概要

食品安全委員会の20年を振り返る#6~7 BSE問題前・後編 概要(本文3,428文字)
 
 
1. はじめに
食品安全委員会設立20周年記念企画の一環として、食品安全委員会委員の松永和紀氏は2023年(令和5年)11月27日付けおよび12月18日付けの2回にわたって、BSE問題について解説しています。本資料は、この松永氏の解説をもとに筆者が作成したものです。松永氏の原著解説は一次情報からご確認ください。
 
2. 松永氏による主張(原文のまま)
<20年前、食品安全委員会設立のきっかけに~食品安全行政を変えたBSE問題>
■原因は、感染性タンパク質「BSEプリオン」
■BSE感染牛の脳や脊髄などを食べたヒトが感染し、vCJDを発症
■BSE感染牛は世界で約19万頭、国内で36頭。vCJD患者は世界で230人、国内は英国滞在経験者1人
■日本の食品安全行政の問題点が明らかとなり、2003年に食品安全委員会を設立
<プリオン病情報を収集し、リスクに備える~BSE以外にもあるプリオン病>
■牛の病気、BSEは、BSEプリオンが原因
■ヒツジ、シカなどのほかの動物種でも、プリオン病が発生している
■とくに、シカの病気、慢性消耗病 (CWD)が警戒されている
■食品安全委員会は、牛以外のプリオン病についてもファクトシートをまとめたりするなどして、情報収集と発信に努めている
 
3. 病原体はタンパク質だった
2001年に日本で初めて牛海綿状脳症(BSE)感染牛が発見されてから20年が経過しました。BSE問題は、日本の食品安全行政を大きく変えました。しかし、近年ではBSEに対する関心が薄れてきているようです。BSE問題の経緯、食品安全委員会の取り組み、BSE以外にもあるプリオン病などについてまとめます。 

BSEは、感染した牛が異常行動や運動失調などを示し、最終的には死亡する病気です。原因は「BSEプリオン」と呼ばれる感染性タンパク質です。プリオンは、従来の病原体である細菌やウイルスとは異なり、タンパク質のみで構成されています。
BSEは、1980年代に英国で発生し、世界中に広まりました。日本では2001年に初めて感染牛が発見され、計36頭の感染が確認されました。ヒトへの感染例は、英国滞在歴のある1人のみです。
 
4. 世界で牛19万頭が感染、ヒト患者は230人
BSEの発生を受け、各国は対策を講じました。主な対策としては、BSEプリオンが含まれる可能性のある肉骨粉を飼料として牛に与えないこと、BSEプリオンが含まれる可能性のある部位(SRM)を食用としないこと、牛の検査などが行われました。
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/06_prion_vol1.data/6_1_fig2.jpg
 
これらの対策により、BSE感染牛は1992年をピークに急減しました。ヒトのvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)も2000年に最大となりましたが、減少しました。
 
5. 日本のBSE感染牛36頭、患者は1人
日本では、飼料規制やSRMの除去、検査などの対策が講じられ、2009年を最後に感染牛は見つかっていません。ヒトのvCJDも、英国滞在歴のある1人の発症報告のみにとどまっています。
 
6. 食品安全行政の問題点があらわに
BSE問題発生当初、日本では行政の対応が混乱し、国民の不安が高まりました。この問題をきっかけに、食品安全行政のあり方が見直され、リスクアナリシスに基づく科学的なリスク管理体制が構築されました。
 
7. 2003年、食品安全基本法施行
2003年、食品安全基本法が施行され、食品安全委員会が設置されました。食品安全委員会は、独立した行政機関として、食品のリスク評価、リスクコミュニケーション、リスク管理を行う役割を担っています。
 
8. 計68のリスク評価
食品安全委員会は、BSEに関してこれまでに60を超える評価書等をまとめました。評価内容は、飼料規制や検査の有効性、ヒトへのリスクなどです。
 
9. リスクコミュニケーションも実施
食品安全委員会は、評価結果を公表するだけでなく、意見交換会やパブリックコメントなどを開催し、国民とのコミュニケーションにも力を入れています。
表1 食品安全委員会がBSEについて行った主なリスク評価の内容(注:食品安全委員会作成の表を筆者が再編)

 
10. リスクを伝えることの難しさ
BSE問題当初、食品安全委員会は評価結果に対する批判を受けました。科学的なリスク評価をわかりやすく伝えることの難しさが、浮き彫りになりました。
 
11. BSE調査・研究でわかってきたこと
BSEの調査や研究により、BSEプリオンが牛の年齢とともに蓄積されることなどがわかってきました。また、非定型BSEと呼ばれる、新たなタイプのBSEも存在することが確認されています。
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/06_prion_vol1.data/6_1_fig3.JPG
 
12. プリオン病情報を収集し、リスクに備える
BSE以外にも、牛、羊、鹿など様々な動物でプリオン病が確認されています。食品安全委員会は、これらの情報収集を行い、ヒトへのリスクに備えています。
 
13. 世界で166頭が確認されている非定型BSE
非定型BSEは、発生原因は不明ですが、BSEとはプリオンの大きさ(分子量)が少し異なるので検査で区別することができます。発生原因は不明ですが、感染拡大のリスクは低いと考えられています。症状はBSEと同じです。
表2 定型BSEと非定型BSEの違い(注同上)

出典:農林水産省第9回農業・農村政策審議会家畜衛生部会プリオン病小委員会資料、同省「海外におけるBSEの発生について」など
 
14. 非定型BSEも、サーベイランスと研究
食品安全委員会は、非定型BSEについても調査や研究を継続しています。また、海外の情報収集も行っています。
農林水産省調査による世界の非定型BSE感染牛、確認数の年次推移から、「世界的に非定型BSE感染牛が増える兆候はなく、自然発生しているものの感染拡大はしていない」と見解しています。
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/07_prion_vol2.data/7_fig1.jpg
 
15. ヒツジのスクレイピーは250年前から
牛以外の動物種でも、プリオン病は確認されています。代表的な例としては、めん羊(ヒツジ)の「スクレイピー」などが挙げられます。羊のスクレイピーは、250年前から欧州やアジア、北米などで報告されており、伝達性を持つことが分かっています。ヒトへの感染は確認されていません。
 
16 プリオン病の中に伝達型と孤発型がある
プリオン病は、大きく「伝達型」と「孤発型」に分けられます。伝達型プリオン病は、感染した動物の体液や組織を介して他の個体に伝染します。一方、孤発型プリオン病は自然発生と考えられており、伝染力は低いとされています。
ヒトへの感染リスクは、プリオン病の種類や感染経路によって異なります。BSEは、感染した牛の肉を食べることでヒトに感染することが確認されています。しかし、スクレイピーなど他の動物種のプリオン病がヒトに直接感染するかどうかは、まだ分かっていません。
 
17. 世界で警戒が強まるシカの病気:CWD
近年、世界で警戒が強まっているのが、シカの病気「慢性消耗病」(CWD)です。CWDは、感染したシカの唾液や糞便、あるいは胎児から母体への垂直感染などを通じて伝播します。症状としては、元気を失い痩せ細り、唾液の分泌量が増え、ふるえや歩行異常、運動失調、四肢麻痺等の神経症状を呈し、歩行不能となり死亡します。
食品安全委員会もCWDのファクトシートを作成し公表しています。米国では1967年に飼育下のシカで初めて発見され、2000年頃から米国内各地に広がり、現在は野生・飼育合わせて30州以上に拡大しています。北欧の野生個体でも確認されていますが、2016年以降、感染個体が多く報告されている韓国について懸念を指摘しています。
食品安全委員会ファクトシート・慢性消耗病(Chronic Wasting Disease; CWD)
https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/factsheets_cwd.pdf
 
表3 CWDの世界的分布(出典:食品安全委員会ファクトシート、注同上)

野生シカ: Free-ranging(放し飼い)、wild(野生)、feral(野生化)を含む
飼育シカ: farmed(牧畜飼育)、captive facilities(飼育施設内保護)、herd (群体飼育)、housed(畜舎飼育)を含む
 
CWDは、まだヒトへの感染が確認されていません。しかし、サルへの接種実験では、リスザルに感染したことが報告されています。また、感染したシカの肉を食べたヒトがCJDを発症したという報告も一部ありますが、確証は得られていません。
 
18. 科学的に正しい情報を発信する
プリオン病は、まだ多くの謎に包まれています。BSEの発生原因や、ヒトへの感染経路、そして有効な治療法も分かっていません。
このような状況下において、科学的に正しい情報を発信することが重要です。食品安全委員会は、国内外の情報を収集し、ウェブサイトで公開しています。また、リスク評価や研究助成などを通じて、プリオン病対策に取り組んでいます。
 
19. おわりに
BSE以外にも様々な動物種でプリオン病が確認されており、ヒトへの感染リスクも否定できません。食品安全委員会は、科学的根拠に基づいた情報発信と、リスク評価、研究助成などを通じて、プリオン病対策に取り組んでいます。
プリオン病に関する情報は、食品安全委員会のウェブサイトなどで確認することができます。
 
 
<一次情報>
「食品安全委員会の20年を振り返る」
第6回 BSE問題前編〜20年前、食品安全委員会設立のきっかけに
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/06_prion_vol1.html
第7回 BSE問題後編〜プリオン病情報を収集し、リスクに備える
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/07_prion_vol2.html
 
<BSE関連参考情報>
【食品安全委員会】プリオン専門調査会
https://www.fsc.go.jp/senmon/prion/
【食品安全委員会】プリオンについての評価書一覧
https://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/search?kya=on&Exact=true&_Exact=on&Fuzzy=true&_Fuzzy=on&Logic=AND&Type=all&pagesize=100&itemCategoryId=008
【食品安全委員会】評価書「めん羊及び山羊の牛海綿状脳症(BSE)対策について」
https://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya20150608369
【厚生労働省】牛海綿状脳症(BSE)について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bse/index.html
【厚生労働省】BSE問題に関する調査検討委員会
https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/bse/04/cyosa.html
【農林水産省】牛海綿状脳症(BSE)関係
https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/bse/
国際獣疫事務局・Scrapie
https://www.woah.org/en/disease/scrapie/
国際獣疫事務局・Bovine spongiform encephalopathy (BSE)
https://www.woah.org/en/disease/bovine-spongiform-encephalopathy/
The University of Edinburgh・THE NATIONAL CJD RESEARCH & SURVEILLANCE UNIT (NCJDRSU)
https://www.cjd.ed.ac.uk/
 
<関連情報>
「食品安全委員会の20年を振り返る」
第1回 トランス脂肪酸〜リスク評価の意味を知ってほしい〜
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/01_toransushibosan.html
第2回 薬剤耐性(AMR)のリスク評価に挑む
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/02_amr.html
第3回 カンピロバクターとの長い闘い
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/03_campylobacter.html
第4回 「健康食品」は安全とは限らない〜委員長らが異例の呼びかけ
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/04_kenkosyokuhin.html
第5回 アクリルアミドともやし炒め〜リスク評価のその後は?
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/05_akuriruamido.html
第8回 無機ヒ素の健康影響は?
https://www.fsc.go.jp/iinkai/20shunen/08_mukihiso.html

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