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(小説)1.ファニージャンパーの恐怖

「2月が近づいてまいりました。ファニージャンプの季節です。女神が人々を招いたとされる神聖な月に備え、人々が地面にロープを張り、その上を奇妙な顔でジャンプし始めています。街中の道や空き地で練習をする気違……国民で溢れているのです。女神を楽しませたいと主張する人々です。最初に始まったのは200年ほど前と言われていますが、はっきりとした発生原因は未だにわかっていません。彼らから逃げようにも今は某ウイルスで飛行機が止まっています。もちろん国境も封鎖中です。毎年国外逃亡していた善良な国民から悲鳴が上がっています」

「恐怖ですよ。あんな気違い連中と同じ空間に閉じ込められるなんて」

「道を歩いていたら、変な顔でジャンプの練習をしている人が激突してくるのよ。ただでさえ店が巣ごもり需要で混んでるのに」

「配達員がファニージャンプしながら荷物を運んできた。ドアを開けたくなかったが、もう食料がなかったんだ」

「何を言ってるんですか?某ウイルスのせいでみんな冷たいのに、一部の気違いのせいでドライバー全員白い目で見られてるんですよ」

「やめてくれと両親に毎年言っているのにやめてくれない。今家で練習している。親父が白目で家の中を飛び回っているんだ。しかも母さんまで面白がって動画を撮影している。頭がおかしくなりそうだ」

「など、国内各地から絶望の声が届いています」

これは大変だ。あらゆる国の国境が封鎖されている。善良な国民はみな呆然としていた。いつもならしつこく『我が国に滞在しませんか』とダイレクトメールを送りつけてくる旅行会社や外国のホテルも、一様に沈黙している。某国々の王族たちは共同で『ファニージャンパーは邪悪』という声明まで出したほどだ。彼らは『ジャンピングクレイジーたちが世界中の人々の精神を蝕んでいる』と考えており、ただでさえ嫌いなこの国に殺意すら芽生えているようだ。某ウイルスのことすら忘れているらしい。患者は増えているのに。

静けさを好む人々は、友人が飛び跳ねる様を窓から見下ろしながら「女神様、なぜですか?」と嘆かずにいられない。去年までは無事にドゥロソ、ノレーシュやアケパリ、南の島に逃げていたのに。南に隣接する管轄区は、この時期になると毎年入国者を制限しているが、今は某ウイルスを防ぐため完全鎖国状態である。

つまり、イシュハ国民に逃げ場はないのだ。
今まで全力で避けてきたファニージャンパーと向き合わなくてはならない。しかも、2月いっぱい彼らは飛び跳ねるのだ。真面目な人々は新年あたりから狂気に陥り始めていた。

「ファニージャンパーが怖くて外に出れない」
「え、某ウイルスじゃなくて?」
「ジャンピングクレイジーが撒き散らしてるに決まってるだろ!しかもあいつらの顔のほうが怖いじゃないか」
「そうだなあ」

「くそっ!キュプラ・ド・エラの家族に会いに行く予定だったのに!なぜイシュハでファニージャンパーを眺めて休暇を過ごさなきゃいけないんだ!?」
「だめだ、あいつら無駄に叫ぶからどこに隠れても聞こえる」
「地下室に籠もって出てこない家族がいるらしいぞ」
「その一家のほうが正気だからに決まってるだろ。そうか、シェルターを作っておくんだった!」

「(パソコン画面に向かって)お前なんでアケパリに帰れたんだ!?」
「(画面の中で笑いながら)羽柴商会に勤めてる友達がいるから、豪華客船のクルーに混ぜてもらって一緒に退避できたの」
「ずるい!ずるすぎる!なぜ俺はその船に乗れないんだ!?」
「クルーはみんなアケパリ人か、南の島々の有色人種だもん。あんたが混じってたら一発でばれるじゃん」
「なぜだ!?なぜ俺はイシュハに産まれてしまったんだ!?」


1月のイシュハは苦悩に満ちていた。



(続く……かもしれない)

※国名・団体名などは全て架空のものです。
世界観は「アンゲルとエレノア」です。







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