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(小説)クリぼっち説教の日

「俺たちは!?」
『仏教徒!』
「クリスマスなんか!?」
『関係ねえ!』

 四道住職の呼びかけに答えてわーっと歓声を上げる客、つまり、12月24日のこの時間(夕方六時)に一人でやってきたクリぼっち達。

「今日を楽しむクリぼっちになる勇気はあるか~!?」

 住職の隣にいた、地味なメガネの女性・今井陽子が抜けた声で叫ぶと、クリぼっちたちが一斉に拍手喝采。なぜか住職は両手を前に掲げて右に左にとあいさつのように体を向ける。まるで新興宗教の教祖が信者にオーラを送っているかのようだ。
 菜由夏はメガネの女性を近所の店で見かけたことがあった。絵の具コーナーをあさっていたような気がするが、似た別人かもしれない。地味な女性もメガネの女性も、近所にいくらでも住んでいる。自分もそうだ。

 コロナ対策でみんなマスク必須。忘れてきた人には怪しい曼荼羅模様の布マスクが配布された。無料のイベントにしては気前よくお弁当が用意されていた。会場の入り口に募金箱があり、実際は千円札や百円玉を思い思いに寄付していたけれど(菜由夏は五百円玉を用意して入れた)。弁当の中身はクリスマスとは思えない和食と和菓子。この季節に透き通った青い羊羹を見る機会があるとは思わなかった。その、毒々しいまでに青空のような色のお菓子に、菜由夏は思わず見入ってしまった。座席もウイルス対策で一人一人離れていて、まるで一人ぼっちになるためにここに来たかのようだ。今はイベント運営もいろいろ難しいのだなと思いながら周りの音に聞き耳をたてると、常連らしき人の話し声が聞こえた。

「俺今年で十年目だけど、弁当は初めてだよ。いやんなっちゃうよなウイルス」
「残念なのは弁当?それともクリぼっち十周年?」
「両方に決まってるだろ。いちいち聞いてんじゃねえよ」
 さえない見た目のクリぼっち十周年と話しているのは、前に菜由夏に話しかけてきた感じの悪い茶髪の男だった。
「岩本こそ、今井さんとはどうなったの?」
「本人がいるところで聞かないでくれない?」

 どうやら岩本と呼ばれる茶髪は、ゲストの今井陽子と関係があるらしい。しかし菜由香は彼よりも、前に看板の前で見かけた女の子が気になった。会場に着いた時から見回しているのだが、どこにもいない。そもそもここは独り身ばかりが集まる場所で、子供の姿は全くなかった。
 初めて来たという女子中学生数人が「ここに来るのはまだ早くない?」と言われながらも大人たちに歓迎されていた。話の内容から、全員の親が今日も仕事で夜遅くまで帰ってこないこと、昔母親か父親と一緒にここに来たことがあるということが菜由夏にもわかった。
 いろんな事情の人が来ているようだ。家族や自分の病気で苦しんでいる人、ウイルスのせい、あるいはそれ以前の社会のせいで失業している人、もとから働けるような状態ではない人……深刻な話があちこちから聞こえてきた。自分だけがのんびりしているようで、菜由夏は居心地の悪さを感じ始めていた。人付き合いが苦手で、クリスマスもお正月も、一人で過ごすほうが平和だと思っているくらいだ。今日来たのはあの消えた女の子に会うためだったが、結局見つからなかった。
 しかし弁当はありがたい。全くクリスマスらしくないけれど。

「こないだはすいません」

 いきなり前から声がしたので見上げると、茶髪の岩本が目の前にいた。

「最近この辺をうろついてる怪しい奴多くて、あの時もそいつかと思ったんですよ」
「ああ、あの時ですか。いいんですよ。あの時は看板の前に女の子がいて、その子と会話していたんです」
「女の子ですか?」
「小学校低学年か、もっと小さな女の子だったんですけど、話していたら急に目の前で消えてしまって」
「消えた?」
「あの、信じられないかもしれないですけど、本当に目の前でふっと消えてしまったんです。それで驚いて、看板の後ろに隠れたのかと思って。それで調べていたから不審に思われたんですよね?」
 菜由香がそこまで説明したところで、遠くの住職が「岩本!」と呼んだので、岩本は軽くすみませんと言いながら離れていった。
 菜由香はお弁当の中身をすぐに平らげてしまい、もう帰ろうかと思った。でも家に帰ってもやることがない。せっかく来たのだから面白い人を探そうと会場をうろつき始めた。さっきの女子中学生たちと、自分より年配の、ほぼお年寄りと言っていい女性数人以外は、みごとに独身丸出しの地味な服装の男性だった。20代から50代まで均等に数人ずつ来て、まるで冴えない男子校の共同同窓会のような集まりが複数できていた。

 話しかけにくいなあと思いながら、菜由夏は人がいないところに行きたくなって廊下に出た。

 廊下に真っ白い髪の女性がいて、
 巫女さんのような服を着て廊下を歩いていた。

 あまりにも化け物めいているので菜由夏がぎょっとしていると、女性が振り返った。
 あまりにも肌が白くて、目と唇が真っ赤だ。
 恐怖を感じて菜由夏が立ち止まっていると、女性は笑みを浮かべながら近づいてきた。そして、横を通る時に、
「あなた、おいしそうね」
 とつぶやいて、そのまま通り過ぎていった。
 気味が悪いと思いながら、菜由夏は慌ててトイレに走り、個室に入った。一体今のは何だったのだろう?これからお払いの儀式でもやるのだろうか?それにしても見た目が怖い。もしかして、クリぼっちについた悪霊でも払うお笑いパフォーマーなのか?住職が呼んだ本物のお払い要員なのか?お祓いをするほどクリスマスを嫌っているのか?いくら仏教の寺だからって。

 よくわからない空想に頭を悩ませた後、菜由夏はトイレから出てもとの席に戻ろうとした。しかし、テーブルはすべて並び替えられ、個包装のチョコレートやクッキーが大量に並んでいた。部屋の隅でペットボトルを配っている今井陽子の姿が見えた。菜由夏が近づいていくと、
「クリぼっちさんへのお恵みです~」
 マスクに隠された顔の目元だけで笑いながら緑茶を差し出された後、
「男だと遠慮なくからかえるんすけど、女の人だと微妙だと思っちゃうの、なんででしょうね〜。あたしも女だからかなあ〜」
 と間延びした声で苦笑いした。菜由夏もつられて笑った後、質問してみた。
「さっき廊下に、白い髪に巫女さんみたいな服の女性がいましたけど、何か儀式でもやるんですか?」
 気軽に質問したつもりだったが、今井陽子の目元から笑いが消えた。
「白い髪?もしかして目が赤かったりしました?」
「ええ、そうですけど……」
 今井陽子は飛び出すようにその場から走り去った。住職が近づいてきて、代わりに飲み物を手に取って会場の人に渡し始めた。
「赤い目の女は、招かれざる客ですよ。注意してください」
 住職が菜由夏に小声で話しかけた。菜由夏は驚いた。
「招かれざる、ですか?」
「不法侵入した魔物みたいなものですよ。あとで説明します。申し訳ないが、この集まりが終わったら少し残ってお話をしてもいいですか。あれは、普通の人間には見えないものなんです」
 詳しい話を聞く暇もなく、仮ステージの上から岩本が、
「住職!そろそろ説教の本番始めよう!!」
 と叫び、ステージ前の男たちがイェーイだのヒューだのと叫び、拍手するものまでいた。みんな住職に説教されたくてたまらないようだ。

「貴様ら!特に男ども!なぜおまえらは今年もクリぼっちなんだ?」
 岩本がいきなり乱暴な言い方で叫んだ。男性陣がわーっと声を上げ、それぞれに『金がない』『仕事がない』『モテない』『ジジイだもん』『コミュ障だから』と口々に言い訳を叫び始めた。なぜか楽しそうに。
「では、住職に代わります」
 岩本がマイクを住職に渡した、住職はいきなり、

「このダメ人間どもめが!」

 とコミカルに怒鳴った。本気で言っていないことがわかる言い方だったが、声が大きくて菜由夏は少しひるんでしまった。ほかの客は老若男女全員、喜んで歓声を上げていた。どうやら毎年恒例の行事の一つらしい。

「と、みなさんは毎年、いや、人によっては毎日のようにそういうことを言う人に苦しんでいるでしょう。いやいや、私はこれでも坊さんですから、生きとし生けるものはいつくしむべきとか本来は言うもんです。でもここの連中ときたら……」

 曼荼羅マスクをしたまま、会場をわざとらしくぎょろっとした目で見まわした。客はクスクス笑うか、にやけているかどちらかだ。住職はそのあと『寺の坊さんだってみんなクリぼっちどころか万年ぼっちみたいなもんですから』という自虐ネタを延々と語り始め、常連の客がいちいち突っ込んで爆笑。
 菜由夏も笑いながら聞いていたが、視線を感じて振り返ると、さっきの巫女風の女が扉の陰からこちらを覗き、赤い目で菜由夏を見ていた。

 狙われてるような気がする。

 怖いので前を向き直って、父親のモテないネタを語っている住職に向き直った。この寺の主であろう年かさの住職が、後ろで念仏を唱え始め、『呪われてる!住職!後ろ!』
 と、岩本がささやいて、またみな笑っていた。菜由夏も笑おうとしたがうまくいかなかった。

 普通の人間には見えないんですよ。

 さっきそう言われた。
 あの女は、一体何なのか。

「毎年毎年同じ顔触れで心配しているのです。私の力不足かと思うほどだが、人間の運命は坊さんが勝手に決められるものでもない。もうすぐ今年も終わりです。同類同士楽しんでいってください」

 住職が失礼なのか丁寧なのかわからないあいさつをして、長い説教が終わった。あとはみんなテーブルの個包装のお菓子を思い思いにつまみながら、やはり自分の駄目さ加減を愚痴って、クリぼっち会は夜の10時に終了した。


「先ほどの白い髪の巫女風の女性ですが」
 客が帰った後、菜由夏は住職に案内されて、重圧な座卓前に座っていた。座布団に座らされるのは親戚の葬式以来だ。寺に来るのも実はそうだ。
「あれは人間ではなく、妖魔なのです。妖怪です」
「妖魔、ですか?」
「信じられないかもしれないけど」
 後ろにいつの間にか、眼鏡の今井陽子がいた。
「昔あたしが倒した奴なんです~。でも復活したみたいで~」
 口調は軽いが、顔が真剣で、菜由夏は違和感を覚えた。妖怪の話をされるなんて、何かの詐欺とか勧誘でなければいいがと身構えてしまった。ただでさえ最近『ウイルスは悪魔の仕業』『ウイルスを払う歌』なんていういかがわしい新興宗教の広告が郵便受けに入っていたり、地元のラジオ局の広告で流れてきている。菜由夏は寺の行事に来たことを公開し始めた。今すぐ立ち上がって出て行くべきだろうか。
「わかりますよ。岩本に最初に会った時にも、『怪しいツボを売りつける詐欺師』と間違われたんです」
 いきなり本心を見透かされて驚いた。住職はそんな菜由夏を見て深いため息をついた。
「いきなり妖魔だの幽霊だのと言っても信じないでしょう。提案なのですが、先ほどほかの方と失業中だと話していましたよね」
「私、軽い障害があるので、常に就職難です」
 菜由夏はそれだけ答えた。この国の差別について深く説明したくはなかった
「ここで働きませんか。岩本は雑用のために雇われてるのに、細かいことは全くできないんです。奴にできるのは電話応対と変な客を追い返すことと、幽霊が見えるくらい霊感が強いということ、それだけなんですよ」
「そうなんですか。器用そうな若い人に見えましたけど」
「しゃべるのが好きなだけですよあの男は~」
 後ろの今井陽子が馬鹿にしたような声を出した。菜由夏が振り向くと、いたずらっぽく歯を見せてにかっと笑って見せた。元カノかもしれないと菜由夏は思った。
「今年は御朱印も郵送になって、あて名書きも必要なんですが、我々は本職が忙しくてね。ウイルスで簡易式になったとはいえ、人は死ぬから葬式はある。書類や必要なものの郵送は増えてるんです。うちは独自に商売……いや、いろいろな活動している寺なのでね」
「パワーストーンをあこぎに売ってたりしますよね~住職」
「余計なことを言うんじゃない」
 住職は咳払いをして、菜由夏のほうに向きなおった。
「どうですか、一月からここに雑用に来ませんか。何か月か経ったら、おそらく岩本かそこの今井が、嫌でもあなたに妖魔を紹介することになりますよ。怖くなければですが」
「妖魔かどうかは知りませんけど、気になっている女の子がいるんです」
 菜由夏は看板の前で見かけた女の子の話をした。住職はしばし腕を組んで考え込んだ後、
「幽霊かもしれんが、雪うさぎと関係があるとしたら注意せねばならんな」
 と、ひとりごとのようにつぶやいた。
 結局菜由夏はこの住職と『一月から試しに来てみます』という約束をして寺を出たのだった。会場の掃除をしていた岩本に渡された、残りのお菓子が大量に入った袋とともに。


 そして、帰り道で気づいた。
『この人、妖魔なの』
 と、あの小さな女の子が言っていたことを。
 今井陽子にそのことを聞き忘れたということも。


 



 


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