未完のLALを一話出します。(サキの日記)
松井カフェで見ちゃったの。ねこがイケメンに襲いかかるのを。動画録り忘れたのは残念だワ。美形がねこを振り払うために店内を走り回っているのを見てたら、作品の構想が浮かんだの。猫耳の美少年がカフェの青年に恋をして、嫉妬に駆られた飼い主にお仕置きされるのよ。でも、最後には美形の飼い主の毒牙にかかるのよね……ウフフフフ。
翻訳:猫がイケメンを襲うのを見たから妄想してみたワ。
朝ごはんを食べに平岸家に行ったら、おはようと言う間もなく妄想を語られた。
男の子が来たらその話題は禁止だぞ。
平岸パパが新聞から顔を出して呆れていた。
朝からカフェな三角関係妄想を語られてゲッソリした私は、もう一匹の猫を見に研究所に向かった。窓の下の割れ目を覗いてみたが、姿は見えない。
おはよう、サキ君。
窓が開いて、所長が出てきた。かま猫がいないと言うと、
さっきまで助手がうるさいピアノを弾いていたから、逃げちゃったんじゃない?
朝6時の迷惑ピアノが発生したらしい。
きのうタラをあげたときには、いたよ。
かま猫はキャットフードを食べない。何故かはわからない。サンマやサケは食べる。タラが好きらしい。なぜか鍋の白菜もなめる(でも食べはしない)生ゴミをあさって生きていたのだろうか。
所長はかま猫のために毎日魚を調理してたそうだ。でも助手が『魚に飽きた』と言い出したので、今日は隣町のショッピングモールに食べに行くそうだ。
あそこは人が多いから嫌いなんだけど、無理やり車に積まれるんだ、僕は。
積まれちゃうんだ。
昼頃まで一緒に、雪が溶け始めた林の中をブラブラ歩きした。フキノトウが出始めている。冬見かけなかった鳥が朝に鳴くのが聞こえるようになったそうだ。
助手のピアノがなければ今時期からの朝は綺麗なんだけどなあ。
所長が歩きながら呟いた。『朝が綺麗』って言う言い回しを初めて聞いたような気がする。
でもそれは事実だ。
窓から朝日が差し、鳥のさえずりが聞こえ、
外に出れば、草木が芽生えはじめている。建物がないから、空も山も果てしなく広く、青い。
林の出口、雪原/草原の手前で、所長は立ち止まって景色を眺めていた。私はかま猫がそのへんに隠れていないか探したが、見つからなかった。どこへ行ってしまったんだろう。
所長は急に、180度回って、もと来た道を引き返し始めた。今日は遠くに行きたくないみたいだった。
昼にいったん平岸家に戻ってから、秋倉高校に向かった。図書室が開いてると聞いていたし、あかねに百合疑惑を持たれてる『伝説の図書委員長』がどんな人か見てみたかったから。
常識だから言わなくてもわかると思うけど、
借りた本は返してネ。
委員長は思っていたより地味で、予想より愛想が良かった。『どんなトリートメント使ってるんですか?染めたんですか?』と聞きたくなるほど、見事に真っ黒でつやっつやの髪をポニーテールにしてる。目が小さくて、美人ではないけど、優しそうでにこやかだ。あかねが『返却忘れると家に押しかけてきて怒鳴り散らす』と言っていたから、もっと怖い人を想像していたのに。ケリー・マクゴニカルやスーザン・ケイン、ブレネー・ブラウンも知っていて本も「自分で読んでから貸し出し可能にしたよ」と、カウンターの横を指差した。なぜか下の段に『1%の奇跡』『サイン』『マイ・スウィート・ソウル』その他韓国ドラマのDVDが入っていた。これも元私物?と聞いたら、
新刊図書の予算にさりげなく入れて買っちゃった。
と、ちょっとドヤ顔になってにやけた。
委員長は強者だった。
これねぇ、本当はThe Willpower Instinctって題名なのに、
委員長が『スタンフォードの自分を変える教室』を取り出して題名を指し、それから数ページめくって英語のコピーライトを私に見せた。
なのに日本版の題名に『スタンフォード』って入ってるでしょ?『そんな難しそうな本読めない』って言われちゃうのよねぇ。中身はそんな難しいことじゃなくて、つい誘惑に負けちゃう人か意思力を鍛えるにはって話なのに。
たぶん日本人が学歴に弱いから、『東大生の何とか』みたいなノリで翻訳本にも大学名入れちゃうのかな。そのほうが売れるんだろうけど、私は大学名なんて求めてないから原題をそのまま題名にしてほしいんだよね。はぁ〜。
委員長は、カウンターに頬杖ついてため息をついた。長年翻訳ものの題名に不満を持っていたらしく、他にも何冊か『原題と日本版の題が違う』本をいくつか教えてくれた。忘れちゃったけど、確かトマス・スタンリーが一冊混じっていたような気がする。
図書室には男子の先輩が二人、テーブルを占拠して勉強していたが、こちらにはあまり関心がないようだった。私は一時間くらい本棚の間をうろつき、50年とか60年とか、はるか昔なのにすぐそこにあるような不思議な年代の作文のまとめや日誌(全て手書きのコピーで、紐でとめてある)をめくり、文学の棚でさんざん迷ったあと、幸田文を取り出してカウンターに戻った。委員長は丁寧に紙のカードを取り出して、いつのまにか作られていた私の名前のゴム印を捺し、カードとは別にメモ帳に返却期限を大きく書き、本に挟んで差し出した。この空間は、IDとか検索システムとは無縁なのだろう。
私の変な視線に気づいたのか、
これ、卒業式にあげるから。
と、委員長が『新橋早紀』のはんこを持ち上げて笑った。
なんだかすごく魅力的だ。
(作者注と感想)
『ねこ』は、松井カフェの飼い猫の名前です。
襲われて暴れているのは所長のところの助手です。
所長は20代後半の大人ですが、小柄で子供扱いされがちな人。サキちゃんの親友です。
サキちゃんが秋倉高校(架空の学校)に転校してきた直後、始業式前ですね。
冒頭でBL妄想してるのは平岸あかね。
伝説の図書委員長は伊藤百合。
出てくる本は当時読んでいたもの。ドラマはたぶんネットで見ていいなと思ったやつですね。最近全くドラマ見なくなりましたが、当時は見てたんですね。忘れてました。
なにげない場面ですが、これを書く準備として、ほぼ全生涯が費やされていました。
わしの生活バランスって一体……。
こんな真面目な文章を書いていたのはこの時くらいじゃないかな。
今は体調が悪いわ某ウイルスが流行るわ、外を歩くのも大変です。
2016年頃のデータに混じっていたので、おそらく帰道したあとに書いたのではと思われます。
今こんな人生フル活用みたいなの書けるかなと考えたら、無理なんです。絶対に同じものは出ないはずです。この4年で世界も私も変わりました。今年は特に、みんなの意識が激変しました。
サキちゃんが別な日の日記に書いているのですが、
「今年の、今月の、今日にしか書けないことがある」
のに、私は体調不良その他で毎日見過ごしてしまうのでした。
今年からは特に、何が変わって何が変わらないのか見極め(イタリアの方がベストセラー本で同じことを言っていたような)いろんなことを、いちから考え直さなくてはいけないんです。この一文でも考えることは山ほどあります。このBL妄想女は、現在では不適切かもしれない。伝説の図書委員長も、私物を学校の予算で買うのはまずくないですか?ツッコミどころはいくつもあります。
残念ですが、小説の登場人物のセリフや思想をそのまま鵜呑みにしてしまう読者が多すぎます。
あくまで「この人個人の意見に過ぎない」と考えてほしい。私個人はBL大嫌いです。予算でそんなもん買うなと、自分の学校の図書委員長なら抗議したかもしれない。でも、同級生にはこういう人結構いたんです。
物語というものは、話をわかりやすくするために極端なキャラや設定にすることがあるのです。
言語で言う標準語化です。実は方言のほうが生活に密着した普通の言語かもしれない(これも私個人の意見に過ぎませんよ)
本を何冊も読んでいたら、そんなことは意識して当たり前か?
そうではないのです。
気づくかどうかで世界が変わってしまう情報や本に何度か出会わなければ、そこの深刻さはわからないかもしれない。頭の良い人ならすぐわかるのかもしれない。そこはもう「人による」としか言えません。
たくさん読むしかないんです、まともな本を。
だから、ここでこんな記事読んでる場合じゃないですよ。
画面の向こうのあなた。
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