ヴァルド派の郷土料理、仔羊の藁包ロースト

ピエモンテ州のフランス国境近く、アルプス山脈の麓にリストランテ・フリッポーというレストランがあった。そこの名物料理の仔羊の藁包ロースト。僕はこの料理に20代半ばの修行時代に出会った。
それは山の料理を勉強したいと鼻息を荒くしていた青二才には、この上ない刺激的な出会いであった。

この料理は、軽く焼いた仔羊肉を干し草で包んでローストす料理で、焼き上がった包みからは芳醇な干し草の香りを纏った仔羊肉の塊が登場する。

この香りは本当に特別である。当時ワルテルシェフは「5月に刈り取った草が最高なんだ。」と。
しっかり干したら納屋に入れておく。
調理されたその香りは、山の農家の香りそのものであった。
草を食べて育った羊がまたその香りを纏って調理されることに、自然との一体感も感じる。
それはもちろん未体験の香りで、修行に来た異国の料理人の僕はカルチャーショック以外の何物でもない感動を覚えた。
そして日本に帰ったら必ず作ろうと決意したのを思い出す。

この料理を簡単に解説すると、
これは山中に住んでいたヴァルド派の農家料理。
ヴァルド派についてはこちら

中世の頃の山奥。
朝、農仕事に出る前に肉を干し草で包み、暖炉の横に置いておく。
夕方仕事から帰って来ると、その肉は良い香りに包まれている。
同じ暖炉の熾火の灰の中に入れておかれたジャガイモもすっかりホックリと仕上がっている。
そんな料理である。

羊や山羊は牛に比べて飼育期間が短く、飼料も少ないので農家さんにとっては大切で身近な家畜であっただろう。
羊を潰し、肉を塊で調理し、何日かに分けて食べる。この藁包みローストの原点は、そんな中での知恵が込められた、貧しくも豊かな料理であり、その地に根付いた食文化の一つである。

現在フィオッキではとてもシンプルに盛り付けて完成としている。

シンプルな中にある、料理のそんな背景を感じていただけたら幸いだ。




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