ガブリエルとユノ【創作】

 ガブリエルは空になったカップを従者の少女に手渡した。敬々しくカップを受取り、手早く鞄にしまうと、少女は頭を下げた。ガブリエルは小さなため息をつき、少女の砂だらけの頭を撫でた。髪は砂埃でざらつき、服も黄色く褪せていた。

 彼らは砂漠の真ん中にラクダを休ませ、その陰で紅茶を飲んでいた。少女は自分で淹れた紅茶をラクダにも与えている。甲斐甲斐しいその様子は、ガブリエルにも落ち着きを取り戻させたようである。

「街に着いたら新しく服を揃えなくてはならないな」

 ガブリエルは数枚の硬貨を少女の手に握らせた。

「好きな服を買うと良い」

 触れた先の少女の手は冷たい。手首に透けて見える血管には無数の枝分かれがある。頭髪は白い。肌はかさつき、艶もない。瞳は赤く、獣のような縦長の瞳孔を持っている。

「ガブリエル様、移動はせめて夜にしていただけたら」

「それはわかっていたが、夜の砂漠を抜けるのにも難儀しそうだったからな」

「わたしは夜の方が好きなんですよ。ガブリエル様もご存知ですよね?……もう。太陽で肌がカサカサ……、髪もおばあちゃんみたいで。早くお風呂に入りたいです。ご飯も食べたいです」

「ユノ、ここにテントでも張って夜まで待つか?夜の砂嵐では君の視界も随分狭くなりそうだが」

「砂嵐……。いえ、目に砂が入るのだけは避けなければ。ガブリエル様、すみませんでした」

 遅れて出発した筈のキャラバン隊がすぐ後ろに迫っていた。隊員特製の布で頭の先から全身を纏っている。砂嵐がやってくることは間違いないらしい。

 ユノと呼ばれた少女は、口許を布で覆い、地平線の彼方にぼやけている街を凝視した。

「やはり、君の淹れてくれる紅茶は最高だね。このラクダも喜んでいるよ。スコーンでもあればなお良い」

「今度そのスコーンの作り方を教えてください。……ガブリエル様、まずいですよ。街まで、あと一日かかってしまいます」

「変わらず信頼できる測量だな。明日の昼では間に合わん。約束の時より、半日遅れてしまいそうだ。こいつに頑張って貰わねば」

 ガブリエルは風よけにしていたラクダを起こし、背に乗り上がった。ユノを前に乗せ、手綱を強く引いた。

「さあ、美味しい紅茶のあとの俊敏な走りを見せてくれ」

「わっ…」

 砂漠の太陽が照りつける中、ラクダは快調に走り出した。ガブリエルに両肩を抱かれたユノの服の中では、先程の硬貨の音が軽快に響いていた。


 

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