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【仮】鼻の下、伸ばしすぎた ショートストーリーなのかも分かりません

「楽しいって感情いまいち分からないよね」
いちごにスプーンを伸ばしながら彼女が呟く。
今流行りのレトロ喫茶店に訪れていた。
メニュー表には時代を意識した商品が並び、彼女は迷う事なくいちごパフェを選んだ。
食パン色の襟付きワンピースを着て、ちょっといつもよりおめかし。姿勢良くソファに掛けるお美しい方が僕の恋人なんてと思いながら惚気をちょっと失礼。
「分からない?」
「そう、友達と遊んでもその時は『会えて嬉しい』って思うけど途中で楽しいってあんまり思わなくて、これって病気?」
いちごをぱくり。
「病気では無いんじゃない、きっと嬉しいが大きすぎて楽しいを感じる隙間が無いだけかもよ」
「そっか、私すごい幸せね」
いちごをぱくり。
「『楽しい』を感じている人も幸せだと思うけど」
「じゃなくて、新しい考え方に出会えて幸せって事」
いちごをぱくり。
「あぁ、前向きだね」
「今の褒めてるよね?」
いちごをぱくり。
「褒めてるよ」
満足げに微笑みながら、またいちごをぱくり。
五つもあった紅い果実は胃の中。僕は味深い飲物を胃の中へ。時間を共有すると格段に美味しい。
ここでもちょっと惚気を失礼。
「もう、無くなっちゃう」
「食べてんだからなくなるでしょ」
「悲しい…。味も雰囲気も良いし、また来ようね」
「うん。あのさ帰りに新しくできたケーキ屋さんの前通らない?」
「いいよ、でもなんで?もうお腹に入んないよ」
「見てみたいだけ、お客さんいっぱい入っているかなって思ってさ」
「友達も買ってたよ、美味しかったって。おすすめはチョコロールケーキなんだって」
「へ〜じゃあチョコケーキも美味しいのかな」
「さぁ?食べてみないと分からないね」
この会話中にもスプーンは進み、彼女の頬色の様な甘い香りは全て消えていった。
お会計を済ませ、いつもは歩かない道を手を繋いで歩く。安心感と高揚を少し感じながら歩幅を合わせる。歩く姿もお美しいく、可愛らしい。
『おまえ、のろけすぎじゃね?』
目の前をゆっくりと横切る猫が大きな瞳で見つめてくる。
そう言っているように見えた。
「猫ちゃんだ!可愛い」
彼女が声を上げると瞬く間にどこかに行ってしまった。
「逃げちゃった、大声出してごめんね。でも可愛かったね」
「そうだね」
「ケーキ屋さんもうすぐだよね?」
「うん、この角曲がったらあるよ」
「すごく良い匂いしない?」
「ほんとだ。あっ、ここ!」
「思ったより入っているね。新店だし、皆見に来るのかな」
「そうだね、今日のチョコロールケーキ完売だって、看板に書いてある」
「ほんとだ。やっぱり人気なんだね」
「人も多いし帰ろっか。見に来ただけだし、付き合ってくれてありがとう。」
「全然いいよ。ねぇ、次来たら何にする?私はショートケーキ」
「ロールケーキにしないの?」
「うん、苺がいい」
「好きだね。じゃあ僕は何にしようかな」
「当てるよ!  モンブランでしょ?」
「そう、なんで分かったの?」
彼女はすくすくと肩を揺らしながら
「だってモンブランしか食べたところ見たことないもん。今までいろんなカフェ一緒に行ったけどいつもこの一択じゃん」
「え〜そんな事ないよ」
「そんな事あるよ。モンブランなかったら珈琲飲んでるでしょ」
「そうかな…そうかも」
「でしょ?全部お見通しだよ」
「なんか、ちょっと悔しい」
「そう?」
彼女はまたすくすくと笑った。
愉快げに靨を浮かべ、その蟲惑魔さに心臓が早く揺れる。この事もお見通しなんだろうか。
僕の角膜から折れ込まれた彼女の呼吸は楽しそうだ。
そしてお美しい。
最後まで失礼。

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