見出し画像

ランダム金カム(2) 〜カルチャーショックの連続を抱えたまま世界に出ていった〜

前回(1)はこちら

日本の漫画やアニメが世界的な評価を受けるようになってはや数十年が経った現代。以前にも書きましたが、私は自国のポップカルチャーが海外でどういう風に受け取られているのかということに興味があるので、その事をよくネット上で探ります。ここ数年はコロナ禍の巣篭もり需要もあってか、今までアニメに触れてこなかった層で新たに参入するケースが増えているような印象を受けていたりします。現在放送中のものも含めた新しい作品だけでなく、過去に高い評価を得た有名作も色々と発掘されているようです。

でもやはり、日本での人気や流行と海外でのそれは、必ずしも一致しないものだなぁというのは常々感じています。より海外ウケする作品がどんなものかというのを、考える機会が増えました。
私が理解できる言語は英語をはじめとした欧米の諸語なので、アジアなどそれ以外の地域での詳しい事情には通じていません。そんな自分の知る範囲で、現在も海外で特に人気の高い作品の傾向を見ますと、やはり普遍的な価値や世界観を提供しているのが一つの特徴として挙げられるのではないかと思います。

 例えば「進撃の巨人」はこの典型でしょう。何かしらの脅威に対して壁を築くという、歴史上人類が普遍的におこなってきた行為と、それが生み出す人間の愚かさや矛盾といったものを描いていて、読む人によってこの構図を如何様にも解釈できるのが楽しさです。
 あと、文化的なコンテクストにおいてもこの点は重要だと感じます。例えば同じスポ根でも、ヨーロッパでより受け入れられるのは野球よりサッカーの方です。「ハイキュー」がバレーボールを題材として扱ったのは、おそらく作者が意図していなかったところで、この作品が国際的な人気を得るのに寄与しています。最近の作品の中で特に海外ウケしている「SPY×FAMILY」の、「家族」という題材もまた然りですね。その役割とかジェンダー規範なんかも問題として捉えているのが、さらに時代の関心にハマっているのだと思います。
 あとはもちろん、勇気とか愛情とか、もっと根本的なところで多くの人が良さを感じられるテーマも散りばめられていることが特徴です。「鬼滅の刃」が国際的に評価されたのは、これらを正面から堂々と打ち出した結果でしょう。文化的コンテクストが共有できていなくても程よくエキゾチシズムを楽しめるような架空の世界観としての日本の大正浪漫が、むしろ良いスパイスとして機能しています。

さて何が言いたいかといいますと、この記事のタイトルについてなんですよね…。「ゴールデンカムイ」が日本で一番ブームを起こしていたのはおそらくアニメの1期が放送された2018年で、同じぐらい話題を呼んだのは今年の連載が終わったタイミングだと思います。でも言ってしまえば、あまり海外でウケていません。少なくとも、これに関する英語の記述や書き込みは、他の「海外ウケする」人気作に比べて圧倒的に少ないです。

まぁそりゃそうだ。日本においてでさえ、あの漫画で取り上げられているいろんなテーマや要素(アイヌ、明治時代、旧日本軍など)がすんなりと受け入れられて、事前の予兆もなく急にもて囃されるようになったこと対して、驚きの声が聞かれたぐらいですから。海外の消費者にとっては、文化的・歴史的なコンテクストで共有できないものが多すぎます。

もし筆者が欧米出身の漫画・アニメファンだったとしても、多分「金カム」には関心を示さなかったと思います。文脈や前提知識が共有できていない中で物語を読む行為って、すごい大変なんです。筆者は日本育ちの日本人ですが、文系大学院生として西洋史や西洋社会を研究しているので、そのことがよくわかります。

でも「金カム」の海外ファンって、いるにはいるんですよね。それこそ日本語や日本文化に縁のないバックグラウンドの人であっても、好きな人は好きなんです。幕末やら新撰組やら北海道開拓史やら、自ら勉強してまで楽しもうとする人はいます。いやもちろん、「金カム」がエンタメとして秀逸なのは確かですし、話の内容やキャラクターが魅力的なのも本当で、それらの中には普遍的に通じる良さも、もちろんあるとは思います。でもそれだけで真価を見極めて、自ら作品に歩み寄りさえする消費者って、結構すごいと思うのです。

例えるなら、そうだな。現代の日本人がダンテの「神曲」を読むときにつきまとうような類の困難を乗り越えて、それが名作であることに自ら気づくことの凄さに通じるかもしれません。「神曲」を読んで楽しむには、中世の西洋社会についてはもちろん、キリスト教の教義面での知識や、他にもいろんな言語・文化的なコンテクストを把握しないといけません。そんなことを、このファスト消費の世の中でわざわざ行うというのは、そうそうないことです。まして「ダンテの「神曲」を10分で読む!」みたいな超入門コンテンツが、「金カム」のために用意されているわけでもありません。

この例えは大袈裟かもしれませんが、こういう困難を乗り越えてまでも「この作品の世界観についてもっと知りたい」というモチベーションを人に与えうるほど、文化芸術というのは実は凄いものなんだなと思います。たかが小説、たかが絵、たかが漫画。されどそれらが人の人生に対してもたらしうる影響力というのは、場合によっては計り知れないものなのでしょう。

そんなことを、アシリパさんたちが脳みそ食べてヒンナヒンナしているシーンを見ながら思ったりするのです。


次回(3)〜梅ちゃん〜


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?