不惑

1 論語に「四十にして惑わず」(『論語』岩波文庫版・35頁)という言葉がある。孔子は「40になってあれこれと迷わなくなった」そうであり、これが40歳を称して「不惑」と呼ぶようになった語源らしい。
 私が大学時代の話になるが、当時お世話になっていた先生が40になったとの事で、講義の後で飲みに連れて行って頂いた。
 席上私はその先生に対して、「先生も40になられたから、もう人生に迷いはありませんね」と述べると、私の稚気に対して先生からは「いやいや、40になっても人生まだまだ迷う事ばかりですよ」と謙虚な言葉を返して下さった。
 それから月日は流れ、私も「不惑」を迎えた。
 自分のこれまでの人生を振り返ってみれば、「少年老い易く学成り難し」とはよく言ったもので、未だ学はならず、青年時代に思い描いていた私の理想と現実には大きな隔たりがある。
 かつての理想と現実のとのギャップを見るにつけ、「学生時代にもっと真剣に勉強に取り組んでいれば良かった」とか「20代の頃にもっとやりようはあったのではなかろうか」といった後悔や自責の念があるのは確かである。
 その意味で、私もまた40になっても、およそ「人生に迷いがなくなった」孔子の心境からは程遠い。

2 ただ、私が40過ぎても「人生に迷ってばかり」である事は確かだが、大学を卒業して社会と人生の現実についてそれなりの経験を積んだ結果、青年期特有の根拠のない全能感が消え、多少は自分を知ることが出来たように思う。
 柔術を例に取ると、20代の若く、自分よりもフィジカルやセンスに恵まれた若者を相手にスクランブルで勝てるはずがない。だから、スクランブル勝負は徹底して避けて、あえて自分から悪いポジションになって、相手のミスを待ってエスケープやスイープするチャンスをじっと待ち続ける。
 また、スパーリングの時間が5分だとすれば、5分間でオールアウトして、息切れしてしまうような無理な身体の使い方をしないで、5分スパーを10本しても最後まで疲れないような動きをする、無駄な動きをしない、等々である。
 要するに、柔術に対する私のスタンスはグレイシー柔術的な意味での「セルフディフェンス」と同じではないが、「5分のスパーでタップを取られないよう守りを固め、相手が疲れたら返して、そこから時間を掛けて詰めて確実にタップを取る」事しか考えていない。そういう発想で柔術をやっても、若い子は5分では疲れないから、ほとんどタップは取れないが、少なくともタップを取られない確率は飛躍的に上昇するし、結果的にケガのリスクを大幅に下げることが出来る。

3 「不惑」を迎えて私が経験から学んだ事について、もう少し一般的な話をしよう。
 「人間はそれぞれ別個独立した認識や知性の主体であり、認識や知性を共有していない以上は、言葉の字義通りの意味では、お互いに本当に分かり合う事は不可能である」。仮に、相互理解が成り立っているように見える場合であっても、それはたまたま自分の他者理解とその他者の行動がたまたま一致しているからに過ぎない。
 また、人間は相互理解が不可能である、という上の命題からは、「他人は自分を分かってくれないし、自分が他人を理解していると思う事は傲慢である」と言えるだろう。現実問題として、どんなに自分に対して親身になってくれる人であっても、例えば病気の苦しみをその人が自分と同じように感じ、理解する事は出来ない。逆もまたしかりで、同情や憐みといった共感を超えて(これらの感情は、他者のおかれた状況を自分に引き付けて理解した結果生じたものである)、他人の苦しみを文字通り我が事として追体験することは出来ないのである。
 だから、他人に対して自分の理解を求めてはいけないし、逆に軽々に他人について分かったような口を利くのも戒めなくてはならない。
 そして、「自分が常に正しいとは限らない」。自分が正しいと信じてある行為を実践しているとしても、それが他人から見ても同じように正しい行為として称賛されるとは限らないという事である。
 だから、独善を避けて、常に他人の批判には耳を傾ける用意をしておくべきである。ただし、他人の意見に耳を貸すのは、他人の意見に説得力がある時だけでいい。他人の意見に振り回されて、自分の主体性を失っては元も子もない。
 カントの定言命法のように「君は、君が行為に際して従うべき君の格律が普遍的法則となることを、当の格律によってその格律と同時に欲し得るような格律に従ってのみ行為せよ」とまで考える必要はないが、せめて「自分がされて嫌な事は他人にはしない」くらいの行動準則に従って生きるべきではなかろうか。

4 というような事を今の私は考えている。さて、論語によると、50になれば天命をわきまえ、60になると他人の言う事を素直に聞くようになり、70になれば思うままに振る舞っても道をはずれないようになるそうである。
 50になった時に私がどうなっているか、その年になってから今を振り返って後悔のない日々を送りたい。

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