柔術を武術的に再生する-その2-前三角を例に

1 柔道や柔術には「三角締め」という技がある。総合格闘技でもよく使われるため柔術の中ではメジャーな技と言えよう。BJJを始めた当時、クローズドガードの足の組み方すら知らなかった(したがって、相手を閉じ込める事が出来なかった)私ですら、「三角締め」の存在は知っていた。とりあえず「三角締め」を知らない方のために白木先生の動画を挙げる。

 この動画で紹介されている「前三角」を例に本稿では、「柔術を武術的に再生する」というアプローチの具体例を示してみようと思う。

 「三角締め」の起源は歴史的にハッキリしていて、高専柔道華やかなりし1920年代の旧制六高(現岡山大学)の金光弥一兵衛師範とその門下生たる早川勝らによって編み出され、元々は「松葉搦」と呼ばれていた(注1)。
 私が理解する「三角締め」の理合は、相手の片腕を自分の両足の間に入れた状態で、左右から足で頸動脈に圧迫を加え失神させるというモノである。
 両足の間に相手の片手が入っているというのが一つのポイントで、俗に「洗濯バサミ」と呼ばれる両足で直接相手の首を絞めるやり方では、相手を失神させることは困難である(但し、頸椎締めとして危険であることから柔道では禁止技となっている)。
 左右から頸動脈に圧迫を加えて失神させるという点では、以前書いた「十字締め」と理合は同じと言っていい。この技を理解・習得する際の課題は、相手の腕が一本入っている状態でどうしたら自分の両足と相手の頸動脈の隙間を埋める事が出来るか?という点に尽きる。

2 ジョン・ダナハーの功績。

 ジョン・ダナハーは、先日のADCCで史上初の3連覇を果たしたゴードン・ライアンの師匠である。日本ではゴードン自体の人気が今一つないせいか、ダナハーの知名度も低いが、その指導者としての実績は特筆すべきものである。
 前回のADCCでは、ダナハー門下から88キロ級のジャンカルロ・ボドニと99キロ以上級のゴードン・ライアンが金メダルを、99キロ級のニコラス・メレガリが銀メダルを獲得している。
 また、ダナハー個人に競技者としての実績はないが、「ダースチョーク」(注2)や「サドルロック」(注3)を開発した人物であり、10thプラネット柔術のエディ・ブラボーと並ぶ柔術の技術的革新にも大きく貢献している。
 ダナハーは、柔術界におけるティーチングプロの先駆けとも言える存在であるが、ヘンゾ・グレイシー・アカデミーでは、ゴードンを始めとする競技選手と一般会員が一緒になって練習している風景がYOUTUBEにもUPされている。ダナハー曰く「一般会員にとってはゴードンのような憧れの選手と一緒に出来る事はモチベーションのアップに繋がるし、ゴードン達にとっては周りに目がある事で手抜きをせず真剣に練習に取り組むことが出来る」と双方へのメリットを強調し、その指導法も評価が高い。

 さて、ダナハーの「前三角」の動画を見て頂こう。


 私自身はダナハーの「前三角」については彼の教則で学んだので、上の動画で語られていない事も含めて、ダナハーが述べる「前三角」のポイントについて解説する。


 ①4角ロック(相手の片腕を両足で捉えた状態)から4の字ロック(実際に両足を三角に組み相手を締める状態)に移行する時に、自分の上の足が相手の肩のラインに平行になる事。
 ②4の字ロックを組む際に、相手の(捉えた腕の側の)肩が見えてはいけない。肩が見えるという事は、きちんと両足で相手の頸動脈を捉えていない証拠である。
 ③4角ロックから4の字ロックに移行する際に相手の足を片手で捕まえるのは、相手が起き上がって逃げるのをふせぐためでは「ない」。足が短くても、股関節が固くても確実に締めるためには相手に対して自分の身体が90度の位置に来るようにに回転させなければならない。相手の足を捕まえるのはアングルを作って、締めの威力を上げるためである。

 実際に、この動画のやり方で「前三角」を掛ければ、足を組んだ瞬間に落ちそうになる。また、相手に対して90度の位置まで回転すれば、相手の首だけを直接両足で絞められるので、股間節が固く足の短い私でも、首が太く上半身に厚みのある人を相手にしても足を組むのは難しくない。
 4角ロックから4の字ロックに移行する際に相手の足を抱えるのは、「相手の上体を起こさないため」と言う人もいるが(複数の人からそのように聞いた)、次の動画を見て頂ければ分かるように、ダナハーが足を抱えるのは「(相手が)上体を起こすのを防ぐ」ためではなく、「アングルを作り、締めをよりタイトにする」ためである事が良く分かると思う。

 この2:30~を参照。

 私が知る限り、ダナハーほど柔術の技の理合について、深く論理的に語れる人を見たことがない。柔術について自分の頭で考えて仮説を提示し、それを練習の中で身体で検証するという繰り返しを通して、彼は柔術をここまで科学的に捉える事に成功したのだろうと思う。日本でももっとダナハーは評価されていいように私は思う。

注1)「三角締め」が生まれた経緯については、増田俊也さんの『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか?』に詳しいので、興味のある方は参照して欲しい。
注2)

 厳密には「ダースチョーク」を開発したのはダナハーとヘンゾ・グレイシー・アカデミーで一緒に練習していたジョー・ダーシーという人物らしいのだが、この技が有名になったのはダナハーのおかげである。
注3)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?