HIDDEN JIUJITSU -BOW&ARROW CHOKE-
1 「送襟締」というテクニックがある。そして、「送襟締」から派生したテクニックとして「片羽締」と「ボウ&アローチョーク」が存在する。
これら3種の締め技の中でも、「バックが強い」と言われる人々は大抵「ボウ&アローチョーク」を得意にしている印象を受ける。確かに「ボウ&アローチョーク」の威力は大変強力だが、紫帯以下のレベルでは、この技で締め落とされる事よりも、首や喉が痛くてタップしている人が多いのではないかと思う。
以下の記事でも同趣旨の事を書いたが、私が考える「締め」技の定義は、「相手の頸動脈に圧迫を加えて、脳への血流を止め、落とす」技である 。
冒頭で取り上げた「送襟締」を基本とする3種のテクニックもそれが「締め」技に分類される以上は、相手を傷めつけてタップを取るのではなく、最終的には相手を落として仕留められるようになるのを目標とすべきだろう。
「締め」技の理合は、①相手の頸動脈を正確に捉える(「コネクション」を作り)、②手ではなく、腰で締める(但し、原理的に「締め」に腰が使えない「裸締」のような例外はある)、この2つの点に尽きる。
この①相手の頸動脈への「コネクション」の作り方と、②手で締めない、という点についてのヘンリー・エイキンスの考え方が最も分かりやすいのが「 BOW&ARROW CHOKE」である(注1)。
注1)ヘンリーは「送襟締」「片羽締」「ボウ&アローチョーク」の3つを総称して「BOW&ARROW CHOKE」と呼んでいる。一般に日本語の「ボウ&アローチョーク」と英語の「BOW&ARROW」は同じテクニックを指すものとして使われているが、本稿で「 BOW&ARROW CHOKE」という場合、ヘンリーの用語法に従う。
参考:
この動画では「送襟締」を「Sliding Collar Choke」、「片羽締」を「Single Wing Choke」と呼んでいる(「ボウ&アローチョーク」は「Bow&Arrow Choke」である)。
2 バックから「カラーチョーク」(襟締)を狙う場合、ほぼ全ての柔術家は人差し指から小指の4本の指を使って、相手の襟を上から掴み、親指を襟の下に差し込んでグリップする「4本指グリップ」を使っている。だが、これでは①相手の頸動脈を正確に捉える事が出来ない、とヘンリーは言う。
ヘンリーは、バックからの「カラーチョーク」において、①相手の頸動脈を正確に捉える(「コネクション」を作る)ために、「2本指グリップ」を推奨している。
まず、相手の襟を上から人差し指と中指の2本で、下に親指を差し込んでこの3本で相手の襟を掴む。
次に、相手の襟を掴んだ手の手首を上向きに返す(このやり方を伝えると、肘まで上げようとする人がたまにいるが、その必要はない。脇は閉じたままで、あくまで手首だけを上向きに返す)。
「4本指グリップ」の場合、拇指丘(平たく言えば、親指の付け根から手首にかけての部位)が相手の頸動脈に触れはするものの、よほど深く襟をグリップできない限り、相手の頸動脈とこちらの拇指丘の間にどうしても若干のスペースが出来てしまうことは避けられない。そして、もし自分の手を相手の肩に届くくらい深く差し込めたなら、「裸締」に行った方が相手を確実に仕留められるはずである。
これに対して「2本指グリップ」では・・・以下は、是非とも各自道場で試して欲しい・・・相手の頸動脈を捉えるために襟をそこまで深く握る必要はない。「2本指グリップ」の場合、薬指と小指を使わないので、この指2本分だけ手首を上に返すスペースが出来るはずである(逆に言うと、「4本指グリップ」ではこの手首の返しが作れない)。相手の襟を「2本指グリップ」で掴んで手首を返すと、中指の中手骨(注2)が相手の頸動脈のラインにピッタリ沿うはずなので、そこに正確な「コネクション」を作ることが出来る。
注2)
3 さて、①「2本指グリップ」で相手の頸動脈を正確に捉える事が出来たとしよう。今度は②どうやって締めの力を相手の頸動脈に伝えるか?が問題になる。
「送襟締」については、文字通り「相手の襟を両手で下に送って締める」技だという理解が一般的だと思う。
「4本指グリップ」であれば、このように「相手の襟を両手で下に送って」も締めることも可能である。だが、「2本指グリップ」の場合、手首を上向きに返すことで相手の頸動脈との「コネクション」を作り出しているため、「襟を両手で下に送って」しまうと中指の中手骨と頸動脈との「コネクション」が簡単に外れてしまい、相手を「締める」事が不可能になる。
したがって、「2本指グリップ」でバックから「カラーチョーク」を狙う場合、手で締めてはいけない。重要なポイントなので、同じ事を繰り返すが、手を動かせば、その瞬間に相手の頸動脈への「コネクション」を失ってしまう。
「2本指グリップ」で「カラーチョーク」を狙うのであれば、手の力は使わず、「腰で締める」必要がある。
この動画に見られるように、ヘンリーがバックから「カラーチョーク」を仕掛ける時は、①「2本指グリップ」で正確に相手の頸動脈を捉えて(両膝を閉じ)、②自分の両足を相手の鼠径部に沿って下に落とす事で腰の力を使って締めている。ヘンリーも言っているように、手は相手の頸動脈との「コネクション」をキープするために一度グリップを作ったら、力を入れずに「リラックス」したままなのである。
ここまで紹介した「2本指グリップ」を使ったヘンリーの「BOW&ARROW CHOKE」の流れをまとめたモノが次の動画になる。
少し考えてみれば誰でも分かることだが、(筋量が全く異なるので)手の力より腰や背筋の力が圧倒的に強い。だから、単純に「締める」力を生み出す駆動装置としても、手を使うより腰や背筋を使った方が「より強い力を出せる」という点で、効果的である。
Sマウントからの「送襟締」の場合、腰が使えないが、この場合手で相手の襟を引き上げても大した力は生まれない。下の動画にあるように、相手の背中に自分の腰を付けて力が逃げないよう蓋をし、上体を起こす背筋の力で強い締めの力を生み出すことが可能になる。
公開されているヘンリーの動画は「送襟締」だけであるが、「片羽締」や「ボウ&アローチョーク」も「2本指グリップ」で相手の頸動脈を正確に捉え、「締める」時は手の力を使わずに、「腰で締める」ようにすれば、相手の喉を傷める事なく、落として仕留めることが出来る(注3)。実際に私も「2本指グリップ」と「腰で締める」事を意識するようになってから、何回か相手を落としたことがある。彼らに聞くと、口を揃えて「(喉が)痛くないので、締まってると思わなかった」という答えが返って来る。
締めで「落ちる」事が人体にどのような悪影響を及ぼすかは医学的に明らかではない(「落ちグセがつく」というのは俗説である)が、長期的に見て何度も落ちることを繰り返す事が脳にとって好ましいとは思えないので、私の場合締めが入った手応えを感じたら相手に「大丈夫か?」と必ず声を掛けるようにしている。
注3)「2本指グリップ」での「ボウ&アローチョーク」は、グリップした腕と反対側の相手の肩に自分の足を掛けて、背筋を真上に(↑)伸ばしつつ、腰で相手を真下に(↓)押し下げると強力な「締め」の力が生まれる。グリップした手と反対の手で相手のパンツを掴む必要も、横に倒れて角度を付ける必要もない。
このようにヘンリーの「 BOW&ARROW CHOKE」は、①「2本指グリップ」で相手の頸動脈を正確に捉え、②手ではなく腰を使って締めている。その意味では、「 BOW&ARROW CHOKE」も「コネクション」や「ウェイトディストリビューション」という彼の考える柔術の核となる概念を具体的事例に適用した例として理解することが出来よう。
4 本稿の主題に関連して、「ボウ&アローチョーク」のエスケープテクニックについても触れておこう。
上が一般的な「ボウ&アローチョーク」のエスケープテクニック、下がヘンリーのやり方である。「ボウ&アローチョーク」の場合、バックを取った相手が襟をグリップした腕と同じサイドの足をこちらの肩に掛ける事で、締めの力が抜けないよう足で「蓋をする」。この手順が分かっていれば、「ボウ&アローチョーク」を防ぐためにまず第一になすべきことは、(相手が掛けようとする足と同じサイドの)肘を上げて相手の足が自分の肩に掛からないようにする事である。
そして、相手のパンツグリップを切るために、相手がパンツをグリップした手の拳のラインを握って(指を掴むのは反則だが、拳を掴むのは反則ではない)相手のグリップ力を弱めて、手の10倍強い足の力でグリップを切っている。
「 BOW&ARROW CHOKE」は亀の相手に対しても仕掛けることが出来る。
この技には「 Inverted bow and arrow 」という名前が付けられているが、要するに「送襟締」である。亀の相手に対して上から深く襟を握るために、ここでヘンリーは「4本指グリップ」を用いている。そして、この場合、「締め」に腰が使えないので、「4本指グリップ」に用いた腕と反対側のサイドに「頭を落とす」(この時、自分の上体が相手のバックから離れないように注意)事で、自重を使って締めている。 「Inverted bow and arrow 」も手で締めているわけでは勿論ない。
最後に、「2本指グリップ」の応用として、「クロックチョーク」を挙げておこう。
ここでヘンリーは、腰を相手の肩に乗せて、相手が逃げられないよう抑え込むと同時に(腰を切ることで)締める力を生み出している。
「コネクション」「アングル」「ウェイトディストリビューション」というヘンリーの考える柔術の核となる鍵概念は、それ自体として見ればそれが何を意味するのか判然としない「空概念」に近い。ただ、それらの鍵概念を用いて、個別のテクニックを分析すれば、無数のテクニックに共通する核となる原理ないし理合が(その気になれば誰でも)取り出せるはずである。ヘンリーの場合、そうした理合を言語化したものが上述した「コネクション」「アングル」「ウェイトディストリビューション」となのであり、その具体的中身を感じて理解し、充実させる作業は我々の課題なのである。
宜しければサポートお願いします! 執筆の励みになります。