マルセロ・ガルシア考-なぜ一流選手のテクニックを真似してはならないのか?-

1 2000年代を代表する柔術家・グラップラーにマルセロ・ガルシアがいる(注1)。

注1)


 ADCCを4度制した実績だけでなく(昨年殿堂入り)、そのアグレッシブなファイトスタイルや彼の人懐こい笑顔に魅了された人も多いかと思う。ガルシアと言えば、「バタフライガード」や「ギロチンチョーク(マルセロチン)」が有名だが、「Xガード」を編み出したのも彼であり、今日のグラップリングシーンで使われている技術の基礎を作った一人と言っても過言ではない。

 ウチの道場にガルシアが好きで、ガルシアのテクニックを紹介した動画を日本語に訳して欲しいと頼んで来る若者がいる。日本語に訳すだけなら大した手間ではないのだが、彼のスマホ画面に表示されるガルシアのテクニックを見ていると、どうしても違和感を感じてしまう。ガルシアの説明が間違っている、という事ではなく、この違和感は何なのだろう?と自分でも不思議に思っていた。

 以前別記事を執筆するに際して参考にしたYOUTUBE動画を見ていると、PCの画面横に次の動画が「オススメ」として表示されたのだが、この動画を見てガルシアに感じた違和感の正体が分かった気がした。


 興味がある方は、この動画(の21:34~)で岩崎さんが語っておられる話を聞いて欲しいのだが、岩崎さんの言にもある通り、ガルシアの「フックスイープ」を喰らった相手は、文字通り一回転して宙を舞うのである。。


 ガルシアのベーシックな「フックスイープ」を扱った動画が見つからなかったので、「フックスイープ」を耐えられた時の対処法を紹介した動画を上に掲げたが、彼の「バタフライガード」教則を見ていると、受けのスコットが何度も何度も「フックスイープ」で宙を舞っている。
 「フックスイープ」というテクニックは、スイープを仕掛ける側(型武道の呼称に倣って、以下では「捕り」と呼称する)が相手(同じく「受け」と称する)の膝裏にフックした足を蹴り上げてスイープするものだと思っている人がいるが、それではスイープは絶対に掛からない。「捕り」が「受け」の膝裏に足首のフックを入れたら、フックを入れた足とは逆サイドに倒れて、まず「受け」を自重を使って(=体重移動で)崩さなくてはならない。その崩し無しで、「受け」をスイープすることは不可能である。
 「受け」を自重で崩したら、「捕り」は次にフックを入れた足とは反対の足(=地面に着いている方の足)で地面を蹴って、その蹴る力を「受け」に伝えて押し込むことで、相手をスイープするのである。


 この動画(本稿では、この動画がアマチュア柔術家にとって一番見る価値があるかもしれない)でダナハーが説明しているように、「フックスイープ」においてフックに入れた足は、スイープに使うメインの足ではない。メインとなるのは地面を蹴る反対側の足であり、「フックスイープ」におけるフックに入れた足は、反対の足が地面を蹴る力を「受け」に伝える「コネクション」を作るためにある。

 だから、「フックスイープ」を普通の人が掛ければ、相手を宙に舞わす様に一回転させる事はおろか、相手をフックして持ち上げた姿勢を維持する事すら難しいはずである。
 
 だが、先に紹介したガルシアの「フックスイープ」の動画を思い出して欲しい。彼はスコットを軽々と持ち上げている。岩崎さんの話にもあるように、ガルシアの足腰の強さやバネの力は天性のモノで、常人とは違うのである。
 ガルシアの動画を例に取ると、「フックスイープ」を耐えた相手の足を刈ってスイープしたり、下に出来たスペースに「Xガード」に入ることが出来るのも、全てはガルシアの強靭な足腰やバネがあって始めて可能なのだろうと思われる。
 ガルシアも「バタフライガード」教則の冒頭で「フックスイープ」について、重心移動で「受け」を崩し、フックしていない足で地面を蹴る力で「受け」をスイープするという「フックスイープ」の原理についてもきちんと説明している。同様に、彼の動画でなされる説明は彼のフィジカルを前提にする限り、全て「理にかなっている」。
 だが、ガルシアにとって当たり前の事は、私にとっては当たり前ではない。私はガルシアのように「フックスイープ」で相手を吹っ飛ばす事も出来ないし、仮にそれでいくばくか相手を浮かせる事が出来たとしても、そのスペースを利用して「Xガード」に入ることも出来ない。そう、ガルシアの技術体系がそれとして完成されたものである事は間違いないのだが、それを実践するには若さと非常に強靭な肉体が必要になるのである。
 
 ガルシアの「フックスイープ」がいい意味で常人離れしている事は、現在の競技柔術における最高の「バタフライガード」の遣い手とされるアダム・ワドジンスキの「フックスイープ」と比べて貰えればより明確になるだろう。


 ガルシアがミドル級なのに対して、ワドジンスキはヘビー級である。その分、対戦相手も重くなるのは確かだが、ワドジンスキの「フックスイープ」は上で述べた理合に忠実に、「受け」を重心移動で崩して、フックした足と反対の足で地面を蹴って相手を押し込んでスイープしている。当然、スイープされる相手は宙を舞っていない。

 要するに、競技柔術における世界のトップレベルの選手のテクニックは、大なり小なり彼個人のフィジカルレベルの高さに負うところが大きいという事である。
 世界のトップレベルの選手にとって、当たり前に出来る事は必ずしも普通の人にとっては当たり前ではない。トップレベルの選手の強さや動きの華やかさに目を奪われるのは仕方がないと思うが、少なくとも彼らほどの強靭な肉体を持たず、彼らと同程度の練習量をこなせない人は、一流選手のテクニックを真似すべきではない、と私は思う。

2 テクニックの裏付けに個人の高い身体能力が要求されるという点に加えて、テクニックそれ自体が「捕り」の身体に無理を強いる例もある。
 日本ではあまり流行らなかったが、ルオトロ兄弟がWNOで頭角を現すのと時を同じくして「バギーチョーク」が大流行した。


 だが、この「バギーチョーク」は横三角と同じ原理ではあるものの、足の代わりに自分の腕を使うから、セットアップが不十分なまま強引に力ずくで締めようとすれば、いつか腕を折る人が出るだろうと私は思っていた。


 予想に違わず、プロのMMAの試合で自分の腕を折る選手が出てしまった。おそらくアマチュアレベルでも同じような事故が多発したに違いないと思っている。わずか1年もしない内に「バギーチョーク」のブームが急激に下火になった理由のひとつが、「バギーチョーク」の危険性に対する認識が広がったからではないかと予想される。

3 最後にもう一点、ガルシアもそうだが、トップ選手にはその選手なりの技術体系があり、テクニックはあくまでもその技術体系の一部でしかないので、テクニック単体を取り出しても意味がない、あるいは、普通の人は使いこなせないという理由も挙げられる。
 何年か前、ウチの道場のMMAクラスの子の間で「今成ロール」が流行った事があった。


 「今成ロール」は確かにカッコいい。対人打ち込みを繰り返して形を覚えただけでも、何となく自分が上手くなったような錯覚を覚える。
 だが、アマチュアのMMAファイターが「今成ロール」だけを覚えて、スパーで使ってきたとしても正直怖いとは思わない。彼らは「今成ロール」が失敗した時の「ガードリカバリー」を全く考えていないので、予備モーションの段階でこちらが両膝を地面に着けて座ってしまえば、ほぼ確実に彼らは自滅していく。
 なぜ当時「今成ロール」がMMAクラスの子の間であれだけ流行ったのかは分からないが、彼らは明らかに「今成ロール」だけを見て、「今成ロール」を使いこなすのに必要な(と私が思う)今成さんの足を効かせた「ガードワーク」の技術には全く注意を払っていなかったのである。
 こういう「木を見て森を見ない」状態で、トップ選手のテクニックを単品で真似したところで、それを使いこなす事など出来ようはずもない。

 以上、本稿の内容をまとめると、トップレベルの選手のテクニックは①彼の高い身体能力の裏付けがあって始めて可能であり、②自分の身体に過剰な負荷がかかるタイプのモノは怪我のリスクが高く、③その選手の技術体系を理解しなければ実際に使いこなすことは出来ない。アマチュアが安易に一流選手のテクニックを真似すべきではない、と私が考える理由はそこにある。

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