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逆回転鍋

昼食の準備に取り掛かる。 
今日はお蕎麦にしよう。 シンクの下の収納棚から鍋を二つ取り出しそれぞれに水を入れ火にかける。  

標準的な回転を起こす鍋と逆回転用の鍋だ。
その2つが二口コンロを埋める。 

グツグツ煮立ってきた所で乾麺を一人前ずつ放り込む。  麺は徐々に柔らかくなり鍋の中で踊り出す。  完全に柔らかくなると鍋の中のお湯も勢いよく沸騰し出しお湯の中に秩序が生まれる。

麺が回りだす。  

純正回転の鍋に目をやれば外側から内側に麺は縦回転している。  よく見る光景だ。  
じーっと見ていると鍋底から無限に麺が湧き出てきているように見え、別世界へ繋がるトンネルに突入している様な気分になる。

吸い込まれてしまえば、僕の頑固な自我なんてないも同然、蕎麦と一緒に鍋の中の秩序に従い回り狂えるんだろうな。  

鍋の秩序の一部の僕には感情は残っているのかな。とか考えながら見入っていた。


さて、ここら辺で逆回転鍋に目をやる。

麺を湯がく際、いつもこの一方向への回転にうんざりしていた所だった。 10割だろうが5割だろうが、信州だろうが奥越だろうが、結局お湯に放り込めば決まって一方向に回りだす。  

一度気になりだすと気にせずにはいられない性格、そしてないと知ればそっちの方が欲しくなる性格。

そんな俺の天邪鬼をなだめてくれた優れものがこの逆回転鍋だ。  

この鍋がない時は湯がく度に逆回転の鍋への欲望は増し、なんとか作れないものかと思ったものだ。

もちろん何の知識もない僕にそんな物を1から作れないので実際に逆回転せずともそう見えればいいじゃないかと思いあれこれ考えた。


例えば、銀のボウルで蓋をしたらボウルの内側にはどう映るのだろう。
しかし蓋をしてしまえば確認する術がない。 
我が家の台所に月の裏側の様な場所が爆誕して、すぐさま頓挫した。

そこで、さらにハードルを下げて実際に逆回転していなくとも、俺が思い込めればいいじゃないかと考えた事もあった。
もうとんちでもズルでも使ってしまって一旦この問題を隠してしまいたかった。


時計だって中から見れば反時計回りなんだ。
南半球ではこの手の回転というのは逆転するとかいうし。  なんかそこら辺をうまいこと組み合わせて自分を騙せないかなと。
左右の概念なんて曖昧なものなんだ。


そういえば、回転というのは調理にとっては意外と大事だという事を思い出した。
昔読んだ本のうどん屋の大将の話で、気温や湿度などの微妙な変化で味が変わることがあると。
ここまでは素人でも納得できた。

しかし、大将の様に毎日味見をしていると味覚は研ぎ澄まされ、うどんの湯がく回数でも味は変化し、なんと大将曰く、ゆがく回転方向でも味が変化するのだそうだ。

まぁ、これには思い込みが影響してそうだが、まさに僕が欲していたエピソードじゃないか!

そして僕は出来上がった純回転蕎麦と逆回転蕎麦を別々の皿に盛り、ざる蕎麦で頂く。 

蕎麦つゆは一つ。  

うーん。2種類の味が楽しめる。

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