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るすばんランプ店

月に2度3度しか
訪れない庭へ

久しぶりに来たら、
お店ができていました。

夏至が近づいた 
日暮れは明るく

わたしが
それに気づいたのは

独りの夕食用にこしらえた
えんどう豆のスープを

やれやれ、ようやく
庭に来られた、

と、パンと一緒にゆっくり
食べ終えた、そんな頃でした。


🍂

庭の奥に、ぼうっと光る
看板には、

るすばんランプ店

とあります。

『なにかしら?』

わたしは、
夕闇の庭へ、出ました。

誰が、こんな店を開いたのかしら?

父が丹精して手入れしていた
薔薇のアーチをくぐり、
そこ、へ、近づきました。


ミントゼリーのような色の
硝子のドアがあります。

六月の夕闇の空気に
よく似ているいろ、です。

よく見ると、看板には

《店主、ただいま留守中》

と、貼り紙がしてあり、

わたしは、入ろうか、
入るまいか、と迷いましたが、

足元の深い緑いろのギボウシが

『いらっしゃいませ』

と、おじぎをするように、
葉をふるんと揺らして、
ドアを開けたので

(どうやら、触れると
開くドアのようです)

『あら、ありがとう。
では、お邪魔するわ』

と、息をひそめて一歩、
店へ入りました。


🍂

薄暗いのは、
ランプの灯を美しく
見せるためでしょう。

数は多くありませんが
いろいろなランプが
ちょうど良い距離を保って
置かれています。

黄いろの百合が、
デスクランプとして
売られていました。

その、明るい灯は
たしかに、机まわりに
ぴったりに思えました。

いちにちの終わりに
その灯のしたで
本を読んだり、
日記を書いたりすれば
安らぐことでしょう。

昏くなると見えづらい、
わたしの老眼にも合いそうです。


食卓用のランプもあります。

珍しい、赤紫の釣鐘草の花が
天井から、ぶら下がるように
シックに、みっつ、並んで
灯っています。

なるほど、下へ、と明かりが
柔らかく差しているので
夜の食事どきには、
とても落ちつくでしょう。

すこし、暗めの灯ですが、

病院へ行って、
すこし疲れた日の夕食などには
この灯が、安らげそうです。


『良いランプ店だわ』

と、わたしは嬉しくなりました。

他には

小さな白いえごの花が
枝ごと、シャンデリアランプとして

青い紫陽花は、
応接間用のスタンドランプとして

クローバーの白い穂のような花は
ちいさな足元灯として、

売られていました。


わたしは、
どれも欲しくなり、

『でも、お高かったら困るわ。
ひとつ、でも、買えないかも』

と、どこかに
値札がついていないか
探しました。

最近は、
パートも休みがちで
病院や庭への交通費など
モロモロも嵩んできて、
銀行の通帳の残高も
そこから、継ぎ足す
お財布の中身も、日々
軽くなっていっているのです。

《無駄な出費はおさえること》

と、日記にもまいにち書いて
日々、戒めているのに

つい、買う気になっていたのです。

『いけないいけない。
来月は、車検もあるのに』

わたしは値札を探すのをやめました。

買えないなら
お客では、ありません。

名残惜しくも、
ランプ店を出ることにしました。

🍂

そこへ、やってきたのが、
土蛙でした。

『やあ、いらっしゃい。
お待ちしていましたよ』

と、ユーモラスに目を見開き
心地よい低い声で言いました。

深緑色のベストを着て
焦茶色のブーツを
履いています。

『すてきなランプ店ですね』

と、言うと、ぴょこんと足を曲げ、


『ありがとうございます。

実は、ランプ店をひらくのが
長年の夢だったのです。

土蛙らしくない、と
言われながらも諦めず
ようやく、開店することがてきました。
先週のこと、です』

と、薄茶いろの
つるんとした額を
吸いつきが良さそうな手で
撫でました。

わたしは、ますます
うれしくなりました。

『開店おめでとうございます。
なにか、お祝いをさしあげたいけれど
あいにく、なんにも持っていなくて』

そう言うと、土蛙は慌てて

『何をおっしゃいます。
お礼を差し上げなくては
ならないのは、わたしのほうです』

と、不思議なハナシを
聞かせてくれました。


🍂

わたしは、ご覧の通り、
土蛙で、夢なんてものを持つのは
不相応だと思っていたんです。

だから、うつらうつら、と
土のなかで眠るか
虫を狙って舌を伸ばすか、
あたたかくなれば
夜風にしばらくあたるか、

そんなことだけをして
長く独りで、
暮らしていたのです。

しかし、ある夜
百合の花の蕾が、
ふわりとひらいたのを見て、

ふと、これをランプにしたら
さぞかし綺麗だろう、と思いつき

『ランプ店をやってみたいなあ。
この黄色い百合はデスクランプに
あの、えごの花はシャンデリアランプに。
さぞかし、良い店になるだろうなあ』

と、思わず、口にしていたのです。

『やったらいいじゃないか』

突然、上の方から、
声が聞こえました。

見上げると、煙草をくわえた
おじいさんが、愉快そうに
わたしを見ていたのです。

逃げることも忘れて
聞き返しました。

『わたしに出来ますかね?
なにしろ、ランプづくりなんて
やったこともないのですよ。
今、思いついただけで』

おじいさんは、
煙草の煙を吐き出しながら
にこり、と笑いました。

『できるさ。だっておまえさんは
百合の花がデスクランプになっている
その光景が、いま、見えるのだろう?』

『ええ、そうなんです。
不思議なことに、今は無い、のに
何故か、ありありと見えるんです。
ほら、あそこの釣鐘草は、
食卓用の洒落たランプになりますよ』

と、指差しました。

『ほう、おまえさんはセンスが良い。
あれは、亡くなった妻が大切にしていた
釣鐘草だよ。あれがランプになったら
わしも、ひとつ、買わせてもらおう』

そう言って、おじいさんは
わたしに、ぜひ、この庭にランプ店を
ひらいてほしい、と言ったのです。

『わしはもう、遠くへは
出かけられないからな。
車の免許も返してしまったし、
持病もあるしな』

『この庭に、わたしの店を?
ほんとうにいいのですか?』

『ああ、楽しみにしているよ』

おじいさんは、
煙草を持っていない手で
わたしの背をちょんと撫でました。

それから、わたしとおじいさんは
ときどき、夜の庭で話しました。

(夜、おじいさんは
煙草を吸いに庭に出てくるのでした。
それは、長年の習慣のようでした)

『どうかね?ランプづくりは』

『それが、何度やっても
なかなか、うまくいきません』

『焦らずやればいいさ。
失敗は成功のもと、と言ってな。
肝心なのは、諦めずに、
こつこつやることさ』

こんな風に
おじいさんはいつも、
わたしを励ましてくれるのでした。

おじいさんは、
電気の技術者として、
長年、働いていた頃の
苦労話も、よく聞かせてくれました。

土蛙のわたしには
難しいハナシもありましたが

おじいさんが若い頃
大きな台風が来て、
鉄塔にのぼって、
電線が切れないよう、
仲間と必死で作業したハナシは

はらはらする場面と共に
今も、こころに残っています。

おじいさんは、

『灯りというのは良いものさ。

夜の町を歩けば、
ちいさなアパートにも
それが、窓に灯っている。

そのしたで、誰かが食事をしたり
勉強をしたり、レコードを聞いたり
していると思うと、嬉しかったのさ。

電気屋になってよかったなあ、と
しみじみ、思ったのさ』

と言って、わたしの額を撫で、

『おまえさんのつくるランプも
いろいろな場所を照らして
きっと、喜ばれるさ』

と、言ってくれました。

わたしは、うれしさに
ぴょこん、と、跳ねました。

それから、何度も試作を重ね、
ようやく、店を出すことが出来たのです。


🍂


わたしは、土蛙の
ハナシを聞きながら、

病気で倒れ
いま、病院にいる父が

そんな風に、
彼を励ましていた

と、初めて、知りました。

時々、訪ねても
電話をしても

父は、そんなことは
一言も言わなかったのです。

『ところで、おじいさんは
どこかへお出かけですか?』

土蛙は、心配そうに
目をぱちぱち、まばたきました。

『しばらく庭に出てこられないし、
家にも、灯りがついていません』

わたしは、事情を話しました。

父が病気で倒れたこと。

その時は、命が危なかったこと。

これからも、しばらく
病院で、治療を続けること。

足が不自由になったので
容態が安定しても、
今までの暮らしはできないこと。

もしかしたら、この庭へは
戻ってこられないかもしれない
ということも。

土蛙は、熱心に聞き、
最後には、涙を流し、

『諦めませんよ。
わたしはずっと待っています。
ここで、ランプをつくりながら、
おじいさんが帰ってくるのを』

と、しゃくりあげながら、
言いました。

そして、店の奥から
ひとつ、ランプを持ってきました。

『春に咲いた
クリスマスローズのランプです。

おじいさんは、夜なかに
目が覚めることがあって、
そんなときは、寂しいと
言っていたので、
寝室用に、と、つくってみたのです。

ほんのりと灯るので
暗闇でも、眩しくありません。 

これを病院へ
お見舞いに持っていってくれませんか?』

わたしは、大切に受けとりました。

そして、明日、帰りがけに
病院へ行って渡してくる、
くと、約束しました。

土蛙は喜び、ぴょこんと跳ねました。


🍂


翌朝、起きて、庭に出てみると
ランプ店は消えていました。

土蛙は、どうやら、夜にだけ
店をひらいているようです。

わたしは、ランプを紙に包み、
それを、柔らかな布の袋に入れ、

誰もいない家へ鍵をかけ、

自分が住む町へ行くバスを見送り、
病院行きのバスを待ちました。

庭を出る時、

『留守番をお願いね』と、

声に、出してみました。

土蛙はまだ、寝ているらしく
返事はありませんでした。

でも、彼はきっと
りっぱにやってくれるでしょう。

なにしろ、ランプ店の名は
るすばんランプ店ですから。


fin


*********************


詩集 ウィンターガーデンのこと

誰もいなくなった庭で、ときどき
植物たちと、こころで会話します。

それはとても、しづかな時間で
町のアパートに住む、わたしは
こどものころに流れていた
密やかでたっぷりとあった、
時間を思い出します。

庭は、思いがけず
詩のような、掌編のようなものを
わたしに書かせてくれます。

それはとても、うれしいこと、です。

sio

*****************

庭には、どうやら
土蛙が二匹くらい住んでいる

と知ったのは、今年の春です。

額がでこぼこしている子と
つるんとしている子がいます。

わたしが庭の土を耕していると

なんだ?なんだ?

と、ゆっくり出てきて
眠そうな顔で、場所を変えようと
のそのそ去っていきます。

割に大きくて、

こちらをちっとも
怖がらないので

ときどき、話しかけて
親しい気持ちで、います。


額がでこぼこしている子。
これは、つるんとしている子よりは、小さい。
つるんとしている子の写真は撮っていないけれど
ランプ店は、つるんとした子がモデル。
目も、でこぼこしている子より
まるく、大きいのです。


わかりづらいけれど、
でこぼこした子が
土から出てきたところ。


ちいさなクリスマスローズ。
株分けして、初めて咲いた、白。
たぶん、土蛙は、これを
寝室用のランプにした、と思う


春、わたしも、アパートの部屋で
クリスマスローズをランプみたいに
飾りました。


🕯 父は、ほんとうに、電気の技術者でした。わたしの幼い頃、台風の日は、父は夜中でも留守にしていました。

🕯こんかいも、すてきな絵をギャラリーからお借りしました。ありがとうございます。

しお












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