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芙蓉シュークリーム店

芙蓉の、朝ひらく
白い花をみるたび、

昔風の、皮の薄い
シュークリームが食べたくなり

だから、その店を見つけたときは
うれしいながら、びっくりしました。

その店のなまえは
《芙蓉シュークリーム店》と言います。

素朴な墨文字で書かれた看板はちいさく
秋風に、かたかた揺れています。

店主さんは、白いエプロンをして
店の奥で、シュークリームの皮を
と、ふわり、と焼いています。

とても、忙しそうです。

店員は、金木犀さんと銀木犀さん。

めずらしいなまえの、
ふたごのように似ている彼らですが

金木犀さんは、甘やかな笑顔で
銀木犀さんは、きりっと少しクールです。

朝、早く行くと
銀木犀さんが白いクリームを
ほどよく冷めた皮に詰めています。

(店の硝子窓は大きくて、
わたしが歩いている坂道からだと
遠くても店の様子がよく見えるのです)

『おはようございます』
と、声をかけると、

道に落ちている
ピンクの萎んだ花を
箒で集めていた金木犀さんが

『いらっしゃいませ』と
ドアを開けてくれます。

🍂

わたしは、いつも
シュークリームをふたつ頼みます。

ひとつは、朝、
しごとに向かう前に
ちいさな公園のベンチで食べ、

もうひとつは、日暮れ、
しごとからの帰り、
電車に乗る前に食べるのです。

そう言うと、

シュークリームを
銀のトングで挟み
ちいさな箱に詰めていた
金木犀さんは、

(彼からは
とても良い匂いがします)

『あなたはよくわかって
いらっしゃいますね』

と、美しい眉を跳ね上げ、
微笑みました。

芙蓉シュークリーム店の
シュークリームは

朝と日暮れには味が違って、
食べると、こころが

朝は、さわやかに膨らんで
日暮れには、ゆったりと鎮まって

そのクリームは、時間と共に
甘さを増しているのです。

『よく気づいてくださいましたね。
このクリームは、
店主のこだわりなのです』

と、銀木犀さんも、
店の奥から出てきて
静謐なまなざしを揺らして
朗らかに言いました。

シュークリームがふたつ入った
ちいさな箱を提げて、秋の朝を歩くのは
とても、楽しいこと、でした。

わたしは、まいにち、
店に通いました。

赤蜻蛉がすいすいと空を飛び、
芒がひかりに透きとおる肌寒い日も
どんぐりたちが、愉快に落ちてくる
大風の日も、ドアを開けました。

🍂


ある日、わたしは
店主さんから、声をかけられました。

かぶっていた白い帽子を取り、
目をしばしばと何回か瞬きをして、
大きなからだをまっすぐにして

『まいにち、店に通っていただき
ありがとうございます。

実は、今日で、
店を閉めますので
それを、あなたに
お知らせしたくて…』

わたしは驚き、

『もう、ここのシュークリームを
食べられないのですか?』

と、尋ねました。

それは、とても悲しいことに
感じられました。

ほんとうに、それは
わたしの、いちばんの悲しみのように
思えて、からだが硬くなりました。

が、店主さんは、
首を横に振り、

『また来年、店を開きます。
もし、あなたが
待っていてくだされば、
秋の訪れと共に』

思わず、大きな声が出ました。

『もちろんです、待ちます。
ずっと、待っています!』

(わたしは、おとなしくて
しごと先では、先輩や同僚に
蚊の鳴くような声さん、なんて
からかわれることも多いので
そんな声が出たことに
びっくりしました)

店主さんは、ゆったりと微笑み
丁寧にお辞儀をしました。

『ありがとうございます。

あなたが、この店を見つけ、
毎朝、いらっしゃってくださり
店のもの、一同、
どれだけ、うれしかったことでしょう。

来年の秋もお会いできるなら
わたしたちも長いふゆを
こころ楽しく過ごせます』

気がつくと、店主さんの両横に
金木犀さんと銀木犀さんがいて
わたしは、秋に包まれたように
坂道の真ん中に立っていました。

🍂

冬が深まり、
芙蓉シュークリーム店は
鹿の角ような低木となり
坂道を通る、誰からも
忘れられています。

でも、わたしは毎朝、
そうっと、店主さんに
声をかけます。

秋が待ち遠しい、と
両隣の金木犀と銀木犀にも
言うのです。

来年は、ぜひ、あなたも
芙蓉シュークリーム店へ
おいでください。

fin

*********************

詩集 ウィンターガーデンのこと

誰もいなくなった庭で、ときどき
植物たちと、こころで会話します。

それはとても、しづかな時間で
町のアパートに住む、わたしは
こどものころに流れていた
密やかでたっぷりとあった、
時間を思い出します。

庭は、思いがけず
詩のような、掌編のようなものを
わたしに書かせてくれます。

それはとても、うれしいこと、です。

sio(10月のハジマリの日に)

庭にある、芙蓉シュークリーム店。
朝のひらきたてのシュークリーム


🕯冒頭のシュークリームの絵は、フォトギャラリーからお借りしました。わたしの空想の《芙蓉シュークリーム》が現れたようで、またまたシュークリームが食べたくなりました。お借りできて幸せです。ありがとうございます。sio

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