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#4 おじさん、雪と戦う

北国には「雪かき」という苦役がある。
あなたの住まいによっては想像もつかないこととは思うが、降雪はれっきとした災害である。

北国の白い悪魔


北国には雪が降る。関東以南では雪に対してなにかしらのロマンを抱いている方が多いと聞くが、北国では雪は人の命を奪う悪魔だ。

毎年、雪が原因で多数の死傷者が出る。
屋根に降り積もった雪を落とす「雪下ろし」作業中に落ちたり、視界ゼロの猛吹雪で車が立ち往生し凍死したり、雪が降りすぎて家から出られなくなったりする。人生唯一の大怪我はスキーで吹っ飛んで膝をぶっ壊したことだ。スキーなんて行くべきではない。

「べた雪」と「粉雪」

雪にも「べた雪」「粉雪」というものがある。くれぐれも急にサビを歌い出さないでほしい。

「べた雪」は名の通り水分を含んでべたついた雪。
これは非常に重い。おそらく全国でメジャーな雪がべた雪だ。踏むとギュムギュムと圧縮されて固まる。これをスコップで掘って放り投げるのはキツイ。肩か腰をやってしまいそうになる。

「粉雪」は気温が低すぎて水分の殆どが凍ってしまったもの。
そのままパウダースノーともいう。いわゆるファンタジックな雪。これをテレビで見るぶんにはまったく問題ないが、目の前の現実として降り積もった粉雪には絶望的な威圧感がある。

粉雪は湿気がないのでサラサラした質感である。ぎゅっと握っても固まらずにポロポロと崩れる。砂の上を歩いたことはあるだろうか。うまく踏ん張れずに上手に立てない。歩くにも足を取られる。それに輪をかけてサラサラになったものが隙間なく地面に敷き詰められていると考えていただきたい。

雪が靴底の溝にジャストフィットし、すべすべにされた状態で歩き出そうとするとあっという間にツルッとやられる。スパイク付きの冬靴すら役に立たない。北の民の多くは滑らないための特別な歩行術を習得している。重心を上下させず水平に移動するのだ。この歩法はかなりダサく、「ペンギン歩き」とも言われている。雪の前に人は間抜けにさせられる。悪魔である。

粉雪は歩くにも難儀するのだが、もっとも危険なのは道路上の粉雪である。粉雪が降っているということは気温がそれなりに低い。マイナス5℃以下くらいだろうか。

気温が低いので道路の多くは凍りついている。そのうえに片栗粉が10センチも積もっているとなれば、スタッドレスタイヤだろうがスルッスルに滑る。ポンピングブレーキだろうがなんだろうが滑るときは滑る。今年もすでに1回滑った。冷や汗がほとばしった。車内はトンコツ臭くなったが、事故にはならなかった。なんとか停止できたが、先行車との距離は30cmだった。50km/hの道を40km/hで慎重に走っていたにも関わらずだ。
気を抜いたら死ぬ。悪魔はいつも近くにいる。


悪魔退治(雪かき)


一時的にでも悪魔を退ける術を人間は持っている。それが雪かきである。北国のホームセンターは、11月になると雪かき道具が並び始める。主な道具は「ジョンバー」「ママさんダンプ」である。

「ジョンバー」は、主にプラスチック素材のスコップである。
プラスチックスコップなんて土も掘れない子供の玩具と思われるかもしれないが、これは雪を掘るには実によくできた道具なのだ。
氷でなければサクリと刺さり、金属スコップよりはるかに軽いので長時間作業しても疲れづらい。万一、車や建築物に接触しても傷をつけたりすることもない。なにより1本数百円と安価なので折れても精神的ダメージは少ない。

「ママさんダンプ」はもう、見てもらったほうが早い。

これも殆どがプラスチック製で、金属でカバーした先端を雪に刺し込み、テコの原理で掬った雪を運ぶ道具である。かつて男性が家にいない時間帯にも雪かきをしなければならない女性が多く使っていたので「ママさんダンプ」という。

これらを駆使して雪かきをするのだが、なにせ降雪量がすごい。一晩で50cmも降ることはよくある話で、車がまるごと雪で埋まってしまう光景はもはや見慣れたものだ。ママさんダンプを駆使しても簡単ではない。

雪かきの良い点


おじさん宅の近くには太めの水路があり、ひたすらそこに雪を運ぶ。厳冬にはそれすら凍りついて絶望することがあるが、それは別の話だ。周辺の雪を掬い、運び、捨てる。これを繰り返す。
最初のうちはあまりの寒さと虚しさに目の光が失われるのだが、30分も繰り返していると、おじさんの自我は失われ雪かきマシーンと化す。雪かきマシーンと化したおじさんはなんの苦痛も感じなくなってくる。むしろ雪かきの必要がない場所も雪かきしたくなってくる。雪かきマシーンは止まらない。

おじさんの意識が戻る頃には、雪は全て水路に放り込まれていた。悪は去った。翌朝にはまた来るのだが。背中が汗でびっしょり塗れて凍るように冷たい。一刻も早くシャツを脱ぎたい。
軽めの雪ならば30分ほどで終わるのだが、量が多いと1~2時間かかる。生まれて初めて雪かきの良い点を知ったのだが、雪かきは運動として適切だ。1時間で600kcal、2時間で1200kcalもの有酸素運動ができる。途中から自我もなくなるので、ジョギングなどと違って苦痛を感じる実感もない。
泣いてなんかない。


ご飯を愛してる


雪かきから戻ると壮絶に腹が減る。寒空の下で1時間も動き回れば当然のことと言える。空腹でなくてもまず先に入浴の必要があり、シャワーでもいいのだがなるべく湯船に浸かるようにしている。シャワーでは体が温まる前に終わってしまうので、骨まで茹でるような気持ちでしっかり浸かる。チャーシューではない。

このとき、入浴直前に炊飯器のスイッチを入れておくと風呂上がりにいい香りがして嬉しい。雪かきをしたら米が食べたくなる。
おじさんは雪かき前に炊飯器にセットしておく。


おじさんのたこ飯


昼を軽くしたので大盛りで。


材料(3合分)

米     3合
タコ    300g
生姜    半かけ

醤油    50cc
酒     30cc
砂糖    大さじ0.5
だしの素  大さじ0.5

作り方

1.タコを一口大に、生姜を千切りにする。
2.タコと生姜を調味料で煮る。煮立ったら火を止めて冷ます。
3.米を研ぎ、冷めたタコの煮汁を入れてから3合分の水加減にする。
4.30~60分吸水させ、炊飯する。

たこ飯について

おじさんは炊き込みご飯が好きなのだが、その中でもトップを争うのがこのたこ飯である。タコの出汁、生姜の香りがしみた米は上品ながら地に足の付いた美味しさがある。そのくせ低カロリー・高タンパク・低脂肪。多く含まれているタウリンは疲労回復に最適だ。

噛みしめるたびにタコから溢れる旨味、微かに爽やかな生姜のアシストが効く。炊き込みご飯は多くの副菜と相性がいいのも、献立を考える手間がなくて素晴らしい。攻・走・守、三拍子揃ったメニューだ。

炊き込む前のタコを煮汁ごと冷凍するとかなりご機嫌だ。いつでもたこ飯が炊ける安心感はおじさんを安眠させてくれる。唯一の問題は、1食に1杯しか食べられないダイエット生活のため、明日のメニューが3連続たこ飯になることである。
別にいいか。

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