警察史研究(歴史学二大巨頭編)

はじめに

 さてさて本題と言ってもいい、自分が身を置いた歴史学の分野にたどり着きました。法学の分野では前回まとめたように、多くの学者によって警察が研究されてきました。しかしその対象は、特高警察や警備公安警察に集中することが多かったのです。
 1980年、政治学者の渡辺治氏は、歴史学者、大日方氏の論文をあげて「本格的研究のきざしがみえている。」と述べています。(渡辺治「警察関係資料文献紹介」同著作集3巻『戦後日本の治安法制と警察』旬報社 2021年 385頁)
  このように警察全体を対象とした歴史研究がなかった旨を述べています。渡辺氏が紹介した大日方氏は、その後も警察史を研究し、多くの論文や書籍を発表、歴史学のプロパーとして、初めて警察史を研究した方なのです。私の論文でも一番お世話になったのは大日方氏の論文、書籍でした。
 今回は、その歴史学の分野での警察史研究を、大日方氏の書籍を中心に取り上げていきたいと思います。

歴史学

 日本警察史

 歴史学として警察史にメスを入れた人物といえば、大日方純夫氏です。早稲田大学で学んだ後、現在はありませんが、東京商科大学(東京都立短期大学)に在籍し、その後、早稲田大学文学部教授を経て、現在は同大学の名誉教授を務めています。
(「早稲田大学研究者データベース」2024年2月19日参照) 

 大日方氏は大学院に進む際、史料の調整の関係から警察史に切り替えたといいます。修士、博士と続いて多くの警察史論文を発表し、さらに『法学セミナー』で連載した論文を『天皇制警察と民衆』(日本評論社 1987年)という形で一冊の本にまとめ刊行、警察史研究者としての道を歩んでこられました。
(同著『日本近代国家の成立と警察』(校倉書房 1992年)あとがき、371~76頁参照)

 最初に刊行した研究書籍は、先にあげた『天皇制警察と民衆』(日本評論社 1987年)です。執筆した論文をかみ砕き、研究者以外にも読めるよう書かれたもので非常に読みやすいです。近代日本警察史の基本図書であり、主に民衆と警察の関係史を探ったものとなります。
私が一番最初に手にした大日方氏の研究書で、ネットで1500円ほどで購入しました。今でも比較的手に入りやすいです。

 次に由井正臣・大日方純夫『官僚制 警察』日本近代思想大系3(岩波書店 1990年)の警察の部分を執筆しています。主に明治維新期の警察確立過程の基本史料を編集、解説しています。
 最初は1000円ほどで大学図書館の除籍本を購入したのですが、函も、大日方氏が執筆した月報もついていませんでした。なので月報を見に交通費を出して県図書館まで行っていました。バカですよね(笑) 
 そんなある日、東京神保町へ旅行に行った際、この本が函付き、月報付きで300円という破格で販売されていたのです。当然即決、東京までの旅費なんかどうでもいい、函付き、月報付き、良品を購入できただけで感無量でした。

 続いて『日本近代国家の成立と警察』(校倉書房 1992年)を刊行、明治維新期から憲法制定期までの警察機構の展開、機能を分析したものとなります。卒論ではあまり引用しませんでしたが、研究の経過発表や維新期の警察史を扱った際は大いに参考にしました。
 この本を手に入れるのには苦労しました。Amazonでしか販売されておらず、最初は函なし、書き込みありで8,000円で購入しました。高い…。しかし去年の年末、12,000円で函アリ美品で出品されていたので、購入しました。卒論も終わっていたんですけどね。丁寧に薄紙にも包まれており、箱から出すのが少々億劫になってしまった気もしますが、とてもいいものが手に入りました。

 1年後には『警察の社会史』(岩波書店 1993年)を新書という形で刊行しており、主に大正デモクラシー期の警察行政を分析しています。自分の研究対象の期間でもあり、一番気に入っている本です。寝る前には必ずと言っていいほど読みました。卒論では、この本を軸に警察行政の展開を論じ、自分の研究につなげていきました。
 メルカリで300円で購入しましたが、京都に行った際、京都市役所前の古書店で100円で、しかも帯付きで販売されていたので即決しました。そんなこんなのこだわりで出費は重なる一方で…でも後悔はないです。

 さらに「『警察統計報告』の内容構成と警察の構造・機能」(『内務省警察統計報告』日本図書センター 1994年)を執筆しています。自分も地方の警察統計を用いて分析したため、警察統計を用いる研究方法の参考にしました。この本は全18巻あり、値段は10万も超え、大学生には当然買えず、国立国会図書館まで直接読みに行きました。

 その後、『近代日本の警察と地域社会』(筑摩書房 2000年)を執筆し、まさに民衆と警察の関係、地域社会における警察の役割・展開を分析されています。対象時期は明治維新期から終戦までと広く扱い、近代史研究の基本図書とも言えます。
 この本も11,000円と、少々張る値段で購入しました。帯付きで書き込みもなく美品を一発で買えたのはよかったです。卒論ではかなり引用しました。特に外勤巡査の勤務実態を分析していたので、地域とのかかわりを描くこの本は大いに参考になりました。

 その後も多くの警察史について論文を発表しています。大日方氏は政治史、社会史、対外史と多分野にも関心を広げており、直接的に警察史を扱う研究以外でも、警察が姿を現すのが、大日方氏の研究の特徴といえます。
 『自由民権期の社会』 日本歴史  私の最新講義 2(敬文舎 2012年)や、『主権国家成立の内と外』(吉川弘文館 2016年)などは典型的で、通史で見る中で、度々巡査が姿を現し、近代日本における警察の浸透性をうかがわせるものとなっています。

 続いて刊行したのは、林田敏子・大日方純夫『警察』近代ヨーロッパの探究⑬(ミネルヴァ書房 2012年)で、ヨーロッパ各国をはじめ、アメリカや日本統治下における朝鮮半島の警察制度をまとめた、総合的な警察史研究となっています。大日方氏はこの本で、「近代日本警察の中のヨーロッパ」、つまり日本がヨーロッパ、主にフランス・プロイセンから学んだ警察制度と、その展開と独自性をまとめています。

  世界各国の警察史研究をまとめた本は、とても少なく、あっても高価なため入手しにくいことが多いです。この本は日本の学者で海外の警察史研究をされている方が集結しているため、歴史学で警察史研究をしたい方、海外の警察に興味がある方にはお勧めの基本図書です。

 翌年には、『維新政府の密偵たち: 御庭番と警察のあいだ』 歴史文化ライブラリー(吉川弘文館 2013年)を刊行、警察制度確立以前の明治維新期における密偵の実態研究を行った1冊です。明治維新期の政府の動向に興味がある方は読んでおくべき基本図書です。

 日本の警察史研究を牽引してきた大研究者ですが、研究関心は幅広く、警察以外にも多くの分野を研究されています。近著では『福音と世界』2022年4月号での特集「警察は必要か」にて、「警察の「治安」構想と「民衆の警察化」を寄稿していますが、警察史研究を、一冊の本という形で発表はここのところありません。勝手ながら、また警察史研究の書籍を出してほしいなと思っています。史料の問題や、なかなかニッチな分野でもあるため、難しいかもしれません。

  特高警察史

 歴史学者として特高警察を紐解いたのは、小樽商科大学の荻野富士夫氏。長年、同大学の教授を務めたのち、現在は客員研究員を務めています。
荻野 富士夫 (Fujio Ogino) - マイポータル - researchmap参照
 博士論文「特高警察体制史 社会運動抑圧取締の構造と実態」で博士を取得後、『特高警察体制史――社会運動抑圧取締の構造と実態』せきた書房 1984年)を執筆、主に特高警察、外務省警察、文部省の統制、司法省、思想家の視点などから近代の弾圧、権力構造を研究してきました。
 特高警察は対象としなかったので、書籍は基本持っていませんが、『特高警察』(岩波書店〈新書〉2012年)は購入しました。昭和戦前期、一般警察官の特高化がみられ、特高警察と一般の警察官は切り離せない構造であったことが、特高警察の独自性だと学びました。 
 ここ近年でも毎年本を出しており、多くの本を新装版として再販、特高警察をはじめ、治安維持法、満州国における治安機能、文部省の思想統制などの代表的研究者といえます。

おわりに

 勝手ですが、大日方氏の研究には大変お世話になりました。買い集めた本は売らずに、論文をどこかで書くか、自分以外の誰かに研究を託していくのか、まだ答えは出せませんが、警察史研究にはまだまだ可能性があり、今後の発展を期待しています。(本心はその展開に関わりたい…でも大学院に行かねば…)
 大日方純夫氏・荻野富士夫氏によって大きく展開してきた警察史研究は、いま大きな転換点にあると考えています。そのことも含め、次回は二者以外の歴史学研究をまとめていこうと思います。

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