警察史研究(歴史学・政治学)・歴史研究の新展開

 はじめに
 今回は、前回まとめた大日方氏、荻野氏以外の研究、主に私が先行研究であげたものを見ていき、さらに今後の展開もまとめたいと思います。今回は文字数の関係から写真は割愛しました。

先行研究で用いた歴史研究

歴史学

 卒業論文を書くにあたって取り上げた、歴史学の研究の一部を挙げていきたいと思います。そこで、ここでは対象とした大正デモクラシー期の警察行政を概括しながら取り上げていきます。
 1905年、日露戦争を経てポーツマス条約を結ぶことになったことをきっかけに、それに反対する国民大会が行われました。この解散を求めた警察との小競り合いを契機に「日比谷焼き打ち事件」が起きます。
 この事件から1918年の米騒動前後期までの期間は、都市民衆騒擾期と呼ばれて、日本各地で暴動が相次ぎました。
 またこの日比谷焼き打ち事件の特徴は、警察が攻撃対象とされたことです。被害は次にようになっています。

「東京市内及接続郡部の派出所、交番所にして焼失したるもの219か所、破壊45か所、正に総設置数の7割に當り、」

司法省刑事局『思想研究資料』特輯第50号の複製
限定版
社会問題研究会『所謂日比谷焼打事件の研究』(社会問題資料叢書 ; 第1輯)東洋文化社 1974年 66頁

 この事件で警視庁の機構は大損失を出していたのです。以後、権力側に立つ警察は、騒擾のたびに攻撃の対象とされていきます。その間、大きく転換を迫られた警察行政が、政策を変えていくのは分かりますが、その政策を実行する、派出所や駐在所の外勤巡査の勤務実態がみられる研究は次のようなものがありました。
 まず一つ、大日方純夫「首都東京における警視庁の地域支配:日露戦後期を中心に」(『部落問題研究』203号 部落問題研究所紀要 2013年)は、日露戦後における東京で、人口増加に伴う都市化が、外勤巡査の勤務にどのような影響を与えたかを分析しています。人口増加に対してはやはり混乱が生じていたと見られます。
 次に大阪歴史博物館の主任学芸員、飯田直樹氏の研究も参考にしました。警察は騒擾や犯罪増加の原因主体を困窮層とみて、貧民警察という新たな領域を誕生させ、慈善事業によって騒擾防止に乗り出しました。飯田氏は、その独自性が大きい大阪府警の社会事業を分析しています。
 主な著書は、『近代大阪の福祉構造と展開-方面委員制度と警察社会事業』です。事業開始における実地調査、事業への理解を求めるツールとしての外勤巡査の役割をまとめています。
 また飯田氏の研究で外せないのは、被差別部落史を研究する黒川みどり氏です。大阪府警の事業は、三重県警の事業を参考にしたと推測されています。飯田氏はその根拠として、黒川氏の『地域史のなかの部落問題 近代三重の場合』(解放出版社 2003年)を取り上げていました。(飯田直樹「近代大阪における警察社会事業と方面委員制度の創設」『社会政策』第4巻1号 社会政策学会 2012年 140頁)
 三重県警と大阪府警の歴史研究は、この都市民衆騒擾期における警察政策を分析する上でとても重要なものとなっています。

社会福祉学

 さらにこうした社会事業の歴史研究に目を向けた時に外せないのは、社会福祉学の研究です。近代における社会事業、部落史の研究も盛んで、資料集など多数刊行されています。
 こうした事業史の中にも、外勤巡査が登場します。特に引用したのは社会福祉研究調査会編『戦前日本の社会事業調査』(勁草書房 1983年)所収の一番ケ瀬康子「日本社会事業調査史」、山内悦「浮浪調査」、加藤裕子「困窮者調査―救護法制定まで―」です。事業は派出所、駐在所が持っている情報や、管轄の住居を一軒一軒回り調査する、戸口調査というシステムを元に始められていたのです。

政治学

 政治学、特に政治史の分野では、大正デモクラシー期における警察行政を分析している研究があります。
 専修大学法学部の准教授、宮地忠彦氏は『震災と治安秩序構想 大正デモクラシー期の「善導」主義をめぐって』(クレイン 2012年)を執筆しています。大正期における警察政策の変化やその影響を分析されています。
 卒論では、貧民警察を設置・強化し、困窮層の取締りに乗り出す警察と、貧民調査、市勢調査を行う上で、現場を熟知する巡査とその情報・システムを活用したい救済事業・行政の主体と迎合する形が、この時期の外勤巡査の勤務実態には大きく反映されていたことを明らかにすることが出来ました。このほか多くの研究を引用しましたが、書ききれないのでまたの機会で紹介していきたいです。

 以上のように、歴史学、政治学の分野からの研究を参考・引用し、卒業論文を書き終えることが出来ました。研究で用いる書籍は、見つけたら高くても必ず買いました。本好きなのもありましたが、見つけた時の興奮は何にも変えられません。最近はネットで買えてしまいますが、目的なく書店へ行き、思わぬ出会いがあるからこそ研究が楽しめたのかもしれません。

最近の研究動向

 最近の警察を主題とした歴史研究書は数えられる程度しかありません。さきにあげた以外では纐纈厚『戦争と弾圧──三・一五事件と特高課長・纐纈弥三の軌跡』(新日本出版社 2020年)があり、特高警察を研究したものとなります。しかし1冊の本になっていなくても、研究はしっかりあります。
 近年では早稲田大学の助手である野間龍一氏による、昭和戦前期における警察行政の研究があります。2022年には「昭和初期の警視庁人事-組織内派閥の検討-」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要』67輯 2022年)を発表しています。
 つい最近では、「日中戦争期の警務警察―戦時動員と治安維持の矛盾―」(『日本歴史』904号 2023年)を発表しています。主に警察の管理部門であった警務警察に注目し、予算や人事からその実態を分析されています。
 近年の警察史関連の講演には必ずと言っていいほど登壇されています。

研究紹介の経緯

 私がなぜ警察史研究を紹介しているのか、一言で申しあげますと、警察史研究がもっとメジャーなものになって欲しいからです。荻野富士夫氏、大日方純夫氏の二大巨頭で警察史研究が支えられてきましたが、最近では歴史学からの警察のアプローチと言うより、元警察官による書籍が目立っており、大きく流れが変わっているようにも見えます。
 近著では元国家安全保障局長でも知られる、外事警察、主にカウンターインテリジェンス部門を歩まれた北村滋氏の『外事警察秘録』(文藝春秋 2023年)があります。一人の警察官僚としてかかわった外事事件における経験が記されています。内部からの視点を重視して書かれた、平成警察史を知る1冊といえます。
 また、歴史研究ではありませんが、最近動画や本でよく目にするのは、外事警察の元捜査官、勝丸円覚氏です。主な著書は『警視庁公安部外事課』(光文社 2021年)、近著に『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業の日本社 2023年)があります。外事警察で見てきたスパイの手口や活動実態をまとめており、近年の情勢に対する情報保全への提言をしています。警察の秘匿性は今も高いですが、あらゆる形で警察に触れるツールが多くなってきました。
 漫画にしても、元警察官として交番の地域警察官の奮闘を描いた、泰三子『ハコヅメ』全23巻(講談社:モーニング)があります。泰三子氏は現在、「日本警察の父」とも言われる初代警視総監、川路利良の人生を描いた『だんドーン』(1巻~以下続刊)を描いています。警察史としても新たな展開がみられます。愛読中。
 また長崎県警では、昨年末に平成警察史を発刊しました。長崎県警察史 ~平成編 長崎県警察のあゆみ~[広報] | 長崎県警察(Nagasaki Prefectural Police)
 平成という一つの時代が終わり、社会も価値観も大きく変わった今こそ必要な試みだと感じます。今後、各都道府県警でも書き上げられていくでしょう。
 警察史に興味を持ったこのタイミングで、近年の社会情勢から警察政策や風潮の変化の渦中に巡り合えたことが何よりもうれしいことです。大日方氏が開拓して半世紀、多くの研究がなされてきました。しかし、いま一分一秒、この瞬間も歴史は刻まれ続けていますし、研究にゴールなんてありません。もっともっと追及していく必要があると考えたとき、質も大事ですが、研究者がもっといてもいいんじゃないかと感じました。あらゆる視点からの研究には数も求められます。もっと警察史を知ってもらいたい、そんな思いで今回、研究紹介という形で発信をしました。

警察史研究の今後

 そんな中、警察史研究を主題とする講演が開かれます。
 3月10日、早稲田大学戸山キャンパスにて、シンポジウム「警察史の可能性:近代日本国家史研究への新たな扉」と題し開催されます。登壇されるのは同大学博士課程の藤井なつみ氏、同大学助手の野間龍一氏、そして名誉教授の大日方純夫氏です。
 藤井氏は「近代日本検閲研究の現状と演劇検閲研究の可能性」(『年報近現代史研究』13号 近現代史研究会 2021年)や、「〈小猿七之助〉事件から見る明治中期警視庁の演劇検閲」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要』68号 2023年)などすでに多くの論文を発表、近代日本における興行検閲を研究されています。書評や講演への登壇など功績は多く、憧れの存在ですね。今回の講演では「〈警察の民衆化と民衆の警察化〉-警視庁・大阪府警察部による興行取締の視点から」と、まさに卒論で対象とした時期・政策の興行取締の研究を発表されるということで、とても楽しみです。
 野間氏は「警察の政治史-1930年代の警察官僚の動向とその影響に着目して」と題し研究を発表されます。昭和戦前期は特高警察の研究がとても多く、警察史研究における新たな展開といえます。
 そして大日方氏、今回は戦後警察史を扱うようなので、新しい試みがみられます。正直講演といえるものを見るのはこれが初めてなもので、超超ワクワクしています。
 警察史研究の今後を担う学者の話を聞ける貴重な講演です。警察史研究に興味関心がある方必見ですね。

 今後もこの大きな変化の中で、警察史の魅力などを私なりに発信していきたいと思っています。いいねやコメントなどいただけるとありがたいです。


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