私の鬱は緊張

ほとんど死んでいた6月が終わりかけている。
振り返ってみても自分が何をしていたのか記憶にないし、日々気に留めたことをメモするアプリを開いたら8日間連続で何も書いていなかった。怒ったり学びがあったときに書いていたアプリに何も書いていないということは、なんの感情もなかったかアプリを開く運動神経もなかったということだ。
やはり死んでいたのだろう。

いまはなんとか大丈夫だ。自分が今日何をしていたのかの記憶がある。エグ鬱と寛解の境目というときはなかなかない。Twitterでずっとこの日であってくれとツイートされるくらいさわやかな気候の日のように希少だ。
改めて、死にそうなくらい鬱がエグいときというのは、本当に最悪な気分であるんだと客観視している。
私は気分の乱高下が激しいので、落ち込むときはそんなに落ち込むかってくらい落ち込むし、怖いものに関しては実際に経験するよりも怖がりびくびくとしている。
私の鬱状態は、ちょうどタワー・オブ・テラーの待ち時間の感情と似ていると思う。
私はディズニーがランドもシーも好きなのだが、タワテラに関してはガチで命の危機を感じるほどの恐怖感を抱いている。内装や世界観が好きだから乗るのだが、あれほど怖いものはないと本当に思う。
本物のホテルのような豪奢な建物、過去のオーナーの歴史、蓄音機から流れる年代物の声、ホラー系アトラクションにも関わらず客である私たちはあくまで観光客だからキャストの人は笑顔で見送るという細部まで練られた設定はものすごいとしか言いようがない。実際にこういうホテルがあったと言われてもなんら不思議でない。ディズニーはすごい。
だが、地下の待合室。タワテラがタワテラになるメインのエレベーターを待つあの密閉された空間の中で、私は病気かってくらいの恐怖を抱く。
生死がかかった舞台の直前のような緊張感が全身を覆い、扉が開いてエレベーターに乗るしかないとなったときの絶望感による冷や汗をかいたような感覚は、おそらく命綱なしでスカイツリーのてっぺんの縁にいる人と同じ心拍数を誇っていると思う。
誇張なしに体が命の危険への警鐘を鳴らしているのだ。
タワテラをつくるときに「人を怖がらせる」という目的を掲げた人はいただろうか。もしいたらあなたのイマジナリは確実に大成功しています。
これからフリーフォールをするとは思えないほどのシンプルなシートベルトに毎回驚き、なぜ乗ってしまったんだ、なぜ途中退室しておかなかったんだと後悔し、現世の自分に別れを告げる。本当に1回死んでると思う。そして無常にもエレベーターは上昇していく。
終わってしまえば、まあ今生きているので「あー怖かったね!次何乗るかアプリ見よ」とか言っているし、次ディズニーに行ったときはまた乗りたくなる。だからますますこの緊張感がなんなのかがわからない。
周りにもタワテラが鬱と同じなんですと言っている人はいない。
緊張とは心と体が張り詰めた状態らしい。余裕がなくなって不安な状態ともいえるだろう。
おそらく、人より気分の上下が激しいという体質が影響し、不安感も緊張状態も人より実感しやすくなっているんだと思う。
そのため、本当に死んだ方がマシなのでは?というような緊張を感じ、周りも引くくらいの視野狭窄・心身硬直、気にしすぎなほどの不安を引き起こしている。前世は杞憂の住民として空を見上げていたと思う。
私の鬱は、ちょうどこの緊張が長く続くみたいなものだ。タワテラの待ち時間のピークはせいぜい20分もないが、テスト前や受験期、嫌な仕事中などは本当に上記のような死んだ方がマシな緊張状態がずーーーーっと続いているのだ。
飽きることなく続くし、地上数十メートルから落とされることが確定しているのだから何も楽しくないし、それどころでないし、人の言葉なんて聞いてられないし、集中力もない。この精神が続いている時はリラックスとか気晴らしとか何の役にも立たない。ただビクビクしながらとにかく順番を待って乗って終わらすしか解決策はない。だから私は鬱の解決策は環境改善しかないと思っている。とにかく未来永劫ジェットコースターに乗らなくていい平原で引きこもって暮らすしか解決策はないのだ。
私のもっている鬱は鬱というより緊張だ。だが死にたさを伴うため便宜上鬱と言っている。緊張しているくらいなら死にたいのだ。
これを感じないためにはストレスが完全に0な環境で比べる周りもいなければ、金がかかる必要も体もない場所にいかなければならない。つまり死である。
少量のストレスは自分の成長のためになるともいうが、前述の通り私の緊張状態はちょっとつらすぎる。
何かやるべきことが生じる度に、過度にビビりの人のタワテラの待ち時間が無限に続くとなれば、まあなんて辛い時間と生きにくい体を授かったんでしょうか、と自分で自分が気の毒になる。
だが周りはタワテラの待ち時間も楽しみ、受験期でさえ夏休みに文化祭の準備ができたりしているのだから、おかしいのは完全に私の頭である。
6月はずっと待ち時間だった。今はちょっとジェットコースターに乗り終わった状態である。だがまた来週から待ち時間が発生するかもしれない。狂いそう。

とにかくこの体は疲れる。楽しいことを正直に楽しいと感じワクワクできるようになれるか、気にすることが完全にない白い空虚な社会になるか、いっそ何も感じない体にしてほしいと思っている。それか完全に何もしなくていい状態でディズニーへ行きたい。


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