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気持ちの整理

昨日のnoteで、苦手なことを書いてみた。今日も苦手なことつながりで書いてみる。

朝から子どもの学校行事に参加してきた。保護者による美化活動。
夫に頼んでいたが、仕事を入れたので、仕方なく私が参加。
校庭には見知った顔もあるが、あちらこちらでグループができている。よくしゃべるママ友を見つけたが、挨拶もそこそこにどこかに消えていった。私のことが嫌なの?と被害妄想に一瞬陥った。たぶん役員単独の係があって、気持ちに余裕がないのだろう、と思い直す。
結局、単独行動になる。
もともと草ひきをしようと思っていたから、知らない方たちと校庭の隅へ。
校庭の回りは草まみれになっている。数人で草を引いたところで、大してキレイにならない。新学期がはじまれば、遊具の回りは子どもたちが走り回って、草も伸びなくなるだろう。
気合いは入れない。熱中症にならないことだけを考えて日陰へ。もう私は保護者の中では年上の部類。若い人が頑張ればいいのだ。楽をさせてもらおうと思った。
時々、手を止めて、水を飲んでぼんやりして、時間を稼ぐ。時々、見知らぬ方と「全然進みませんねー、ハハハー」と話す。
一時間経過する頃、アナウンスが流れた。はっきり聞こえないが、終わりの合図のよう。
周りも手を止めている。鎌を持っているだけなので、大した片づけもなく、早々に一人集合場所に行く。
道具を片づけたりしているのか、それとも誰かを待っているのか、誰も集まってこない。
最後に役員や校長の挨拶でもありそうだし、待つことも考えた。
一人前を歩く保護者がいて、校門を出ていった。
作業開始前に、駐車場を別のイベントで使用するから、作業終了後は速やかに帰ってほしい、と話があったし、私は留まることなく帰ることにした。
帰りながら少し罪悪感を感じる。
誰かに声をかければ良かったな、確かめれば良かったな、と。
でも、今日は出欠をとっているわけでもないし、やることはやったのだし、そもそも誰も(同じ学年の保護者)声をかけてこないし…。先に帰ったところで誰も咎めないだろう、と思い直す。

私の苦手な団体行動。なんていうか、誰かにみられていて、いつもちゃんとしなきゃ、と思ってしまう。まじめに取り組むことが美徳だと子どもの頃から刷り込まれて、融通がきかず、思考に余裕がない人間だ。
今日は、「先に帰る」というずいぶん自分本位で勝手な行動が出来たなーと思う。
それでもやっぱり良くなかったかもしれない、と後悔の無限ループにはまりそうになったので、noteに書いて気持ちの整理をした。
そうそう…
こういう時ほど、「コジコジ」を見倣えばいいんだ!
もう十分に私は頑張っているんだ。

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