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彼女の履歴書 (´;ω;`)
その女性は何をしても続かない子でした。
田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入ったのは良いのですが、
すぐに嫌になって次々と所属を変えていくような子だったのです。
そんな彼女にもやがて就職の時期が来ました。
最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
・・・・・、ところが仕事が続きません。
勤め始めて3か月もしないうちに上司と衝突し、
あっという間に辞めてしまいました。
次に選んだ就職先は物流の会社です。
しかし入ってみて、「自分が予想していた仕事とは違う」
という理由で、やはり半年ほどで辞めてしまいました。
その次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかし、それも「やはりこの仕事じゃない」と言って
辞めてしまいました。
そうしたことを繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、
入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では正社員に雇ってくれる会社が
なくなってきます。
ついに、彼女はどこへ行っても正社員として採用して
もらえなくなりました。
だからと言って、生活のためには働かないわけにはいきません。
田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。
しかし、負け犬のようで帰りたくありません。
結局、彼女は派遣社員に登録しました。
ところが、その派遣も勤まりません。
すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イやなことがあれば
その仕事を辞めてしまうのです。
彼女の履歴書には辞めた派遣先のリストが長々と
追加されていました。
![](https://assets.st-note.com/img/1692852935803-xgSMKR8vae.png?width=1200)
ある日のことです、新しい仕事先の紹介が届きました。
それは、スーパーでレジを打つ仕事でした。
ところが、勤めて一週間もすると彼女はレジ打ちに飽きてきました。
ある程度仕事に慣れてきて、「私はこんな簡単な作業のために
いるのではない」と考え出したのです。
その時、今までさんざん転々としてきながら我慢の続かない自分が、
彼女自身も嫌いになっていました。
・・・・、もっと頑張るか、それとも田舎に帰ろうか。
とりあえず辞表だけ作って、決心をつけかねていました。
するとそこへ、お母さんから電話がかかってきました。
また田舎に帰ってくるよう促され、これで迷いが吹っ切れました。
彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、
田舎に戻るつもりで部屋を片づけ始めました。
長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。
あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から
手帳が出てきました。
それは、小さい頃に書き綴った自分の大切な日記で、
無くなって探していたものでした。
そして、日記をパラパラとめくっているうち、彼女は「私はピアニストに
なりたい」と書かれているページを発見しました。
そう、彼女の小学校時代の夢です。
「そうだ、あの頃私は、ピアニストになりたくて練習を
頑張っていたっけ」
彼女はあの時を思い出しました。
![](https://assets.st-note.com/img/1692853007233-R5g3AeXA3t.png)
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま
本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか・・・、
なんて情けないんだろう・・・、
そして、また今の仕事から逃げようとしている・・・」
彼女は静かに日記を閉じ、泣きながらお母さんに電話したのです。
「お母さん、私、もう少しここで頑張るね」彼女は用意していた
辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために
スーパーへ出勤していきました。
ところが、「2、3日でもいいから」と頑張っていた彼女に、
ふとある考えが浮かびます。
「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、
繰り返しているうち、どのキーがどこにあるのか指が覚えてた。
そうなったら鍵盤を見ずに、楽譜を見るだけで弾けるようになった」
彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。
「そうだ、私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。
そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるように
なったのです。
すると不思議なことに、それまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、
今まで見もしなかったところへ目が行くようになりました。
最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。
「あぁ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子供連れでくるんだ」とか、
いろいろなことが見えるようになったのです。
そんなある日、いつも期限切れ間近の割引商品ばかり買う
おばあちゃんが、5,000円もする尾頭付きの立派な鯛を
かごに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はびっくりして、思わずおばあちゃんに話しかけました。
![](https://assets.st-note.com/img/1692853079835-vhBckCWD6Y.png)
「今日は何かいいことがあったんですか?」
おばあちゃんは彼女に、にっこりと笑って言いました。
「孫がね、水泳の賞を取ったから、今日はそのお祝いなんだよ。
いいだろう、この鯛」
「いいですね、おめでとうございます」
うれしくなった彼女の口から、自然な言葉が飛び出しました。
お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、
これがきっかけでした。
いつしか彼女は、レジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、
名前まで一致するようになりました。
「〇〇さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらに
もっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオの方がいいわよ」
などと言ってあげるようになりました。
レジに並んでいたお客さんも応えます。
「良いこと言ってくれたわ、今から替えてくるわ」
そう言ってコミュニケーションを取り始めたのです。
彼女はだんだんその仕事が楽しくなってきました。
そんなある日のことです。
「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものように
お客さんとの会話を楽しみつつ、レジを打っていました。
すると、店内放送が響きました。
![](https://assets.st-note.com/img/1692853117492-alsEaL8c03.png?width=1200)
「本日は大変に混みあいまして申し訳ございません、どうぞ空いている
レジにおまわりください」
・・・・・・
ところが、わずかな間をおいてまた放送が入ります。
「本日は混みあいまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げて
おりますが、どうぞ空いているレジのほうへおまわりください」
・・・・・・・・・
そして三回目、同じ放送が聞こえてきたときに、はじめて彼女は
おかしいと気付きました。
そして、ふと周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは
自分のレジにしか並んでいなかったのです。
![](https://assets.st-note.com/img/1692853170639-JOdNul1zA9.png?width=1200)
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに「どうぞ空いているあちらのレジへおまわりください」と
言ったその時です。
お客さんは店長の手を振りほどいてこう言いました。
「放っといてちょうだい、私はここへ買い物だけに来てるんじゃない。
あの人としゃべりに来てるんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだ」
その瞬間、彼女はワッと泣き崩れました。
その姿を見て、別のお客さんが店長に言いました。
「そうそう、私たちはこの人と話をするのが楽しみで来ているんだよ。
今日の特売は他のスーパーでもやってるよ、だけど私は、このお姉さんと
話をするために来ているんだから、このレジに並ばせておくれよ」
彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。
はじめて、仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと
気付いたのです。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていました。
その後、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わったそうです。
彼女から教えられたスタッフは、仕事のすばらしさを感じながら
今日もお客さんと会話している事でしょう。
![](https://assets.st-note.com/img/1692853215329-shbdSAjFA9.png?width=1200)
終わり
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