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三石巌全業績-17 老化への挑戦-12

三石巌の書籍で、現在絶版して読むことができない物の中から、その内容を少しずつですが皆様にご紹介させていただきます。


活性酸素の発生源

 活性酸素が死神だとすると、それがどこからやってくるかは、大いに気になるところだ。その微量は大気にもある。しかし、これはどうにもならない。ただ、光化学スモッグの実体であるいわゆる<オキシダント>は、肺に入って活性酸素を発生する。光化学スモッグにかこまれたら、呼吸量をなるべく少なくするのにかぎる。
 活性酸素は、口からもはいる。パラコートや中性洗剤のような活性酸素増産剤を口にいれるのは危険である。過酸化脂質をふくむ食品は前に記したが、こういうものを口に入れるのも好ましくない。
 活性酸素はエネルギー代謝の過程で発生する。ということは人間が生きているかぎり、全細胞で活性酸素が発生しているということだ。これを気にするならば、スポーツどころか、筋肉労働もひかえたほうがよいことになる。それでもなお基礎代謝に必要なエネルギーをつくらないわけにはいかないから、完全な逃げ道はないわけだ。活性酸素と縁を切るのには死ぬしかないわけである。
 エネルギーつくりの器官は、ご承知のとおり、ミトコンドリアという小器官で、ほとんどすべての細胞内にちらばっている。このものが外界、つまり細胞質からとりいれる直接のエネルギー源は、例のアセチルコエンザイムAである。ミトコンドリアはこれを材料にして<ATP>をつくる。ATPとは、すべての生物に共通なエネルギー通貨である。われわれの使うエネルギーは、ATPの形になっていなければならないのだ。
 ミトコンドリア内に、ATP産生系は2つあって、効率の高いのが<電子伝達系>である。この系には、ミトコンドリア内の代謝で生じた水素の電子が導入される。
 われわれは、エネルギー発生装置として、水力発電所を知っている。これの最も素朴な形は、滝となって落下する水の力で水車をまわし、これによって発電機を回転させるものである。もし、滝の落差が大きく、水車がきゃしゃであれば、滝を途中で何段かにカットし、それぞれの段に水車を設けるのがよい。電子伝達系は、このような水伝達系にたとえられる。ただし、電子伝達系では電子が水の役目をはたし、ATPが発生電力に相当する。
 電子伝達系には、少なくとも7種の<電子受容体>がならんでいて電子を受け取るしくみになっている。これらはまた、受け取った電子を放出する<電子供与体>でもある。この電子受容供与体の分子は、電子を受け取って放出し、電子を玉送りゲームのように、そして、段々滝をおりる水のように、先へ先へと送ってゆく。電子は、一つ送られるたびにエネルギーを放出する。それがATP分子の形になってほうり出されるのである。落下する水に木造の水車をかけたような素朴な水伝達系では、しぶきが飛ぶ。これは、電子伝達系において電子がもれる現象に相当する。この電子は、そばにいる酸素分子にとらえられてスーパーオキサイドとなる。ミトコンドリアにはマンガン SODが存在するから、これが働いて、スーパーオキサイドを過酸化水素に変える。これがカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼによって、ただの水と酸素とになってしまうことは覚えておいでのはずだ。そしてまた、これらの活性酸素除去酵素が、活性酸素を完全に処理できないとき、こまった事態が生じることをご存じのはずだ。
 電子伝達系において、電子しぶきが多くなればスーパーオキサイドの発生量も多くなる。パラコートやLAS系中性洗剤にはこのような作用がある。そのためにこれを<スーパーオキサイド増産剤>というのである。このような薬剤は、量によっては致死的であって、中性洗剤による死亡事故が報道されたことがあった。
 われわれは、細胞やウイルスにつけ狙われている。生体が彼らの好物であるからだ。われわれの身体はこれらの敵に対して、<食細胞>を動員したり、<リンパ球>を活躍させたりして自己を防衛している。
 ところで、食細胞の発見者エリー・メチニコフは、これに大小の2種類があることに気付き、これを<マクロファージ>・<ミクロファージ>と命名した。現在後者は<好中球>と呼ばれるようになっている。好中球は主として細菌やウイルスを食べるが、マクロファージは、これらばかりでなく、死んだ好中球を始めとして、多くの異物を食べる。
 食細胞が細菌やウイルスを攻撃する武器はスーパーオキサイドである。これを放出して敵を殺し、しかるのちにそれを体内にとりこんで、さらに活性酸素で処理するのである。好中球は、その強烈な化学作用によって自らも死ぬ。
 このような事情を考えると、細菌・ウイルスなどの感染は、ただちに活性酸素の発生を意味することがわかる。感染に伴う<炎症>にも、活性酸素が深くかかわっている。
 私のなかまは現在ウイルス対策を心がけているので、ほとんど風邪を引くことはないが、以前はそうではなかった。ウイルスは、のどとか、鼻とか、気管とか、関節にとりついて、いわゆる風邪の症状をおこす。からだを温めて静かにしていれば、こじれずにすむことが多い。
 これで大事に至らなければ、それでよしとしてよいだろう。しかしそこには食細胞の活動があって、活性酸素の放出のあったことはまちがいない。それがどこにも障害作用を及ぼしていないという保証はないのである。細胞の死もありうる。結局、風邪はわれわれのからだをなしくずしにむしばむのである。「風邪は万病のもと」とは、よくいったものだ。
 風邪引きのとき、いや、風邪など引かないときでも、ウイルスや細菌が血流に乗ることはありうるだろう。このとき、これを迎撃すべき食細胞は活性酸素を放出する。これが血管を障害して、脳卒中や心筋梗塞の原因をつくらないとはいえないのである。
 われわれの常識のなかに、ストレスが大きなダメージを与えた具体例がいくつかあるものだ。これもまた、活性酸素がらみなのである。
 ストレッサーが襲いかかると、生体はこれにフィードバックして、抗ストレスホルモンとされる副腎皮質ホルモンを分泌してこれに対抗する。これの分泌量が不足なら、ステロイド剤を服用して負けまいと頑張る。それでもなお力の及ばないことがしばしばである。これもまた、活性酸素の勢力に押されるからにほかならない。
 副腎皮質ホルモンは、合成する代謝にも分解する代謝にも活性酸素の発生を伴う。ステロイド剤を使えば合成代謝は不要になるが、分解はしなければならない。ストレスが強ければ活性酸素の発生量が多い。したがって、完全除去が困難になる。そのときは結局、ヒドロキシルラジカルが、何の抵抗もなく、悪事を働くことになる。
 ホルモンはいくつかに分類される。コレステロールから誘導されるものはステロイドホルモン、タンパク質から誘導されるものはペプチドホルモン・アミン型ホルモンである。
 分解時に活性酸素を発生するホルモンは、ステロイドホルモンだけではない。アミン型ホルモンがその例である。アミン型ホルモンとしては、ドーパミン・ドレナリン・ノルアドレナリンなどの神経ホルモン(神経伝達物質)がある。
 ドーパミンを快感のホルモンというのは少し乱暴だが、アドレナリンを不安のホルモン、ノンアドレナリンを怒りのホルモンとするのはさほど不当ではないだろう。仮りにここでの評価を正しいとすれば、喜びも不安も怒りも、すべては活性酸素という危険物を代償として背負わされることになる。これと、ステロイドホルモンやエネルギーの問題を考えあわせると、活性酸素の危害を免れる最高の方法は、いわゆる高僧の道ということになるだろう。じっと座禅を組んでみだりに動かず、雑念を去り、煩悩を遠ざけるのが高僧の道ではないか。俗人に高僧のまねが不可能というなら、別のことを考えなければなるまい。それはいうまでもなく、抗酸化物質に手をだせということである。
 ところでアミン型ホルモンとステロイドホルモンとは、活性酸素についてちがったところがある。アミン型ホルモンは、合成時には活性酸素を出さない。そのかわり、分解時には、ヒドロキシルラジカルと一緒に過酸化水素も出すのである。さらにまた、ステロイドホルモンの場合は、ヒドロキシルラジカルのほかに一重項酸素という名の強力な活性酸素を発生する。
 過酸化水素が出てくるのは、スーパーオキサイド除去の場合やアミン型ホルモン分解の場合だけでない。代表的なものはタバコである。一本のタバコを吸っただけで、DNA分子の縄の部分が3000箇所で切断されることは、すでに紹介した。タバコの発ガン性はもっぱら過酸化水素による、というのである。
 人間の細胞の1個1個には、180cmほどの長さのDNA分子があるが、60兆個の細胞のどれもが1本のタバコで3000箇所も切れると聞かされては、スモーカーでなくても胆を冷やさざるをえない。過酸化水素は弱い活性酸素ではあるが、DNA分子の縄の部分を酸化してこれを切断するだけのエネルギーを持っているのである。
 医者の薬には副作用がつきものであることは、多くの人の常識となった。これは健康保険制度のもとに、臨床医が勉強をしなくなったせいだと主張する人もいる。病名がきまれば投薬の内容がきまるという図式はおかしい。
 今日、ガン患者に抗ガン剤を投与するというケースは多い。それで治ると医師が思っていなくても、周囲はそれで満足するという不幸な関係ができあがってしまったようだ。投与した抗ガン剤が、例えば、アドリアマイシンであったとしよう。これは副作用として心臓障害をおこすが、原因は活性酸素による生体膜破壊である、とされている。アドリアマイシンに限らず、すべての医薬は<薬物代謝>の洗礼をうける。このとき基質となる薬は、解毒される場合もあり、有害な物質に変換される場合もあるが、いずれにせよ、この代謝のなかで活性酸素が発生する。アドリアマイシンの場合には、スーパーオキサイドと過酸化水素と、2種の活性酸素の発生があるので、その作用は強烈である。一般には抗ガン剤は、その活性酸素によってガン細胞を攻撃する。これが両刃の剣となって、短期間のうちに副作用を生じるのである。降圧剤のように活性酸素発生量の少ないものでは副作用の発現がおくれる。
 一般に医者の薬の副作用、食品添加物の害作用などは、それが薬物代謝の対象になることから発生する活性酸素によると考えてよい。
 コレステロールといえば嫌われ者だが、この物質は、生体膜の構成成分でもあり、ステロイドホルモンやビタミンDの原料でもある有用な物質である。そして、その必要量は食品からとれる量の5倍程度といわれる。したがって、コレステロールの大部分は自前でつくらなければならないが、これを合成する代謝のなかでも活性酸素の発生がある。その点を重視するなら、コレステロールはなるべく食品からとれ、ということになる。
 一方、脂肪のとりすぎがガンにつながるという話がある。脂肪の消化には胆汁酸が必要だから、脂肪をたくさんとれば胆汁酸をたくさんつくらなければならない。ところが、胆汁酸合成代謝でも活性酸素が出てくる。活性酸素がガンの原因であることを考えれば、このようにして、脂肪とガンとの関係が説明されることになる。
 放射線やX線がガンの治療に利用されることがある。これは、体内の水からヒドロキシルラジカルをつくって、それでガン細胞をたたくのが目的である。むろんこの活性酸素は、ガン細胞にとって有害であるのと同様、正常細胞にとっても有害である。放射線やX線がこわいのは、それがヒドロキシルラジカルをつくるからにほかならない。
 タバコの害が、活性酸素の一つ過酸化水素によることは、常識として頂きたい。


三石巌 全業績 17 「老化への挑戦」より抜粋
出版社:現代書林
発売日:1990/12/12



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