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健康と医療を考える

三石巌の書籍で、現在絶版して読むことができない物の中から、その内容をご紹介させていただきます。


 健康とは何ぞやと問われたら誰でもがその定義にとまどいつつも、一応は答えることができる。快食・快眠・快便をあげる人がいるかと思うと、病気のないことがそれだという人もあり、生き甲斐をもつことがそれだという人もある。これらのいずれにも一面の理が認められるとはいえ、若干の物足りなさが感じられる。結局、ありきたりの健康観には疑問の余地が残るのである。

 ここにみられる説得力の欠如は、学問に立脚しないところからきている。ここにいう学問とは自然科学のことであり、いわゆる生命科学すなわち分子生物学のことである。分子生物学の成立がフランシス=クリックによって宣言されたのは、1958年のことであって、それ以来、生命現象の骨格が物理学によって説明されることとなった。われわれの問題にする健康という観念は生命現象の一側面に対する評価であるがゆえに、分子生物学による考え方のコペルニクス的転回《ポーランドの学僧コペルニクスは、多くの観測データを分析し、「地動説」に理論的根拠を与えた。それは天動説(宇宙は地球を中心にまわっているという考え方)からの大きな転回だった。》が要請される。さきに並べたような健康観は経験からきたものである。これに反して自然科学の知識は先験的なものである。したがって、分子生物学に基づく健康観は必然的に統一見解とならざるをえない。そこまでこなければ説得力が生まれる必然性は見えてこないのである。

フランシス=クリック
物理学と数学にすぐれ、ケンブリッジのキャヴェンディッシュ研究所において、アメリカの生物学者ジェームズ=ワトソンと協力して、DNAの二重らせん模型を完成した。

コペルニクス的転回
ポーランドの学僧コペルニクスは、多くの観測データを分析し、「地動説」に理論的根拠を与えた。それは天動説(宇宙は地球を中心にまわっているという考え方)からの大きな転回だった。

健康と医療を考える 脚注より

 分子生物学によれば生体は遺伝子DNAによって運営される。そこからストレートに出てくる結論は、DNAの活動が何らかの制約をうけている状態を健康とすることは、不合理ということになる。具体的にいえば、不健康をかこつ人の身体では、DNAの指令が完全に遂行されていないことが想像されるということである。

 余計なことかもしれないが、DNAについて一言しておく。この長い鎖状分子は暗号を秘めている。その暗号の一つ一つは20種アミノ酸のどれか一つに対応する。したがって DNA 分子はアミノ酸の配列を決定することになる。われわれが両親からうけついだものはアミノ酸の配列であって、それ以外のものではない。

アミノ酸
同一分子内にカルボキシル基とアミノ基をもつ化合物。そのうちの20種類がタンパク質の構成成分となる。

健康と医療を考える 脚注より

 高校生でも学んでいるこの知識は、健康管理に対して動かすべからざる教訓を与える。それは、20種アミノ酸のそれぞれの量が十分でなければ親の遺産がフルに活用できないという教訓である。それは、健康管理上の一つの原則を呈示するものである。

 もしわれわれの日常の食生活が各アミノ酸要求量を満たしているというのならこの話を持ち出す必要はない。行政当局は日本人のタンパク摂取量は1日70gだから不足はないという。アミノ酸の鎖がタンパク質なのである。もし主なタンパク食品のアミノ酸比が人体を構成するアミノ酸の比に等しいならば、1日70gのタンパク摂取量は、分子生物学の要求を満足させる。しかしそうでなければ、DNAの指令は遂行されないのである。これでは健康の第一条件は満たされない。これが日本人の有病率の高さの背景にあることは自明であろう。

タンパク摂取量
栄養学的には、ヒトは体重の1/1000のタンパク質を、毎日摂取しなければならないとされている。

DNAの指令
すべての生命現象は、遺伝により受けつがれた、“親ゆずり”のメカニズムで運営されている。遺伝を担う物質がDNA分子である。従って、生命の営みはDNAによって決められている。

健康と医療を考える 脚注より

 DNAがアミノ酸配列の情報の担い手であり、これの発動によって作られるアミノ酸鎖がタンパク質であるという事実から学ぶべき健康管理の指針は多い。DNAの指令によってつくられるタンパク質には、体の構成材料、酵素タンパク、DNA の発動を制御するタンパク質、免疫抗体などがある。このいずれかを取っても欠けてよいものはない。これはアミノ酸のどれか1つが不足しても、何らかの障害が起こることを意味する。それが顕在化してもしなくてもである。その障害はアミノ酸の補給によって消失するのが原則であ。高タンパク食という言葉があるけれど、それはアミノ酸の必要量を確保する食事ということに等しい。その確保ができない食事を低タンパク食とするのが合理的である。自治医大の教授香川靖雄は、世界中にタンパク質を摂り過ぎている人は一人もいないと言ったことがある。低タンパク食は日本人だけの問題ではないのである。

 結局高タンパク食は多くの病気の予防の手段となり、かつまた自然治癒の条件の一つとなる。これは分子生物学からの当然の帰結である。

 近頃流血事件の犯人の同定にDNA鑑定が行われるようになった。これは一卵性双生児を別とすれば同一のDNAをもつ人がいないという数学的判断があることからきている。DNA分子の構造は各自に異なるのである。

DNA鑑定
遺伝情報は、DNAの構造に暗号の形で組み込まれている。遺伝暗号を読み取って比較すると、個体の識別ができる。このことを利用して、犯罪捜査や親子鑑定に利用している。

健康と医療を考える 脚注より

 この事実は植皮にあたって自分の皮膚なら着くけれど自分以外の人の皮膚だと着かないというような相違の形として表面化する。これはDNAに個体差があるために皮膚タンパクの構造に個体差が生じたことを示す。

 生体の合目的的反応すなわち代謝酵素の介在によって実現するのである。その酵素タンパクに個体差があるとすると、そしてまたその酵素反応にビタミンが補助的役割をもっとすると、そのビタミンの必要量に個体差が生じてくる。このことはビタミンの一日必要量が個体によってちがうという結論を導くことになる。

代謝
生体は、時々刻々とエネルギー物質や体成分などを合成したり分解したりしている。それらは物質同士の化学反応として生じる。タンパク質などの物質代謝やエネルギー代謝などがある。

個体差
我々ひとりびとりは、顔かたちや体格ばかりでなく、生化学的反応にもちがいがある。そのちがいは、遺伝情報のちがいによって生じている。》

健康と医療を考える 脚注より

 一般に、一つのビタミンが関与する代謝の数は一つではない。その複数個の代謝のそれぞれが要求するそのビタミンの効率は不同である。ということは、ある代謝では摂取標準量で間に合うのに反して他の代謝ではその数十倍を必要とするような場合が少なくないということである。しかも一つのビタミンが役割をもつ代謝の種目数は1 0桁から1 0 0桁に及ぶのがふつうなのである。

 これはビタミン摂取量に不足があれば、いくつかの代謝が完遂されないことを意味している。そこでいわゆる摂取標準量の1 0 0倍程度の摂取が望ましいという結論になる。この主張に対してメガビタミン主義ということばが当てられている。アメりカあたりで提唱されているメガビタミン主義は経験のもたらしたものであるが、本論文はこれに科学的根拠を与えるものとなっている。

 メガビタミン主義は、アメリカで主としてライナス=ポーリングの分子矯正医学の形で一部の支持をうけている。知恵遅れに高ビタミン食を与えたルイス=ハーレル=キャップの臨床例は有名である。

 登校拒否という事態は個人にとっても社会にとっても深刻な問題となっているけれど、これが大量ビタミン投与によって忽ち解消した例がある。これが普遍的に妥当するとは考えにくいところに個体差の問題がある。

 メガビタミン主義はビタミン過剰症を忘れた主張と受取られやすいが、この過剰症は低タンパク低ビタミンからくるものであって原理的に問題になる性質のものではない。しかし標準摂取量の1 0 0倍を超えようとする場合は一考を要する。ビタミンAの過剰症がよくいわれるが、タンパク質が十分にあれば、キャりアータンパクがこれと結合し、遊離のビタミンAの現す界面活性作用は発現しないのである。

界面活性作用
一つの分子のなかに親水性の部分と親油性(疎水性)の部分があると、水と油の両方の界面によく吸着されて、両方の液を安定に分散させる。これを界面活性作用という。石けんの洗浄作用はその例である。

健康と医療を考える 脚注より

 さきに健庚管理の手段として高タンパク食をあげた。そしてここにメガビタミン主義すなわち高ビタミン食をあげた。これに適正ミネラル食を加えれば健康管理の必要条件の第ーは整うことになる。ということは、栄養障害からくる病気を予防し、その種の病気のすでに発症したものに対しては自然治癒の条件を与えるということである。

 ここに適正ミネラル食という言葉を呈示したが、これはミネラルの適正量を摂る食事を意味する。ミネラル同士の間にはよく拮抗関係が存在するので、どのミネラルにおいても突出は警戒しなければならない。

ミネラル同士の拮抗関係
ミネラル同士の間で、吸収にあたって競合がおこる。たとえばカルシウムと鉄の多量摂取は銅や亜鉛の吸収を低下させる。またセレンや亜鉛が水銀の毒性を抑えたり、カドミウムが銅不足の原因になるなどの相互作用が知られている。

健康と医療を考える 脚注より

 ここに一つの実験例がある。WHO主催の国際マグネシウムシンポジウムでの発表のなかにラットの寿命に関する実験データがあった。適常飼料にタンパク質20パーセント、カルシウム1パーセントを加えると寿命は4倍になった。これにさらにマグネシウムの少置を加えたところ寿命は5倍にのびたという。

 ここまでに述べた高タンパク食・高ビタミン食・適正ミネラル食のルーツは分子生物学である。これが遺伝子DNAの発動を完全にするための条件になるということは、生体フィードバックが完全に実現するということにもなる。またホメオスタシスが完全に実現するということにもなる。

ホメオスタシス
恒常性保持。生体は環境の変化に対応して、内部環境を一定に保つ機能を慟かせる。

健康と医療を考える 脚注より

 血中コレステロール値が自律的に一定の幅の中におさまる現象はホメオスタシスの一例であるが、これはタンパク質とビタミンCとが十分になければ実現できないのである。これはつまりフィードバックがスムーズにいかないことによる。ということは、血中コレステロールの高値は栄養障害がなければおこらずにすむ状態であるということである。

フィードバック
“打てばひびく’' の関係。生体はフィードバックにより機能を調節する仕組みをもつ。三石理論では、遺伝情報が読みとられ、タンパク質が合成され、それが機能する過程をフィードバックとしている。

健康と医療を考える 脚注より

 フィードバックに必要な栄養素は次のものである。タンパク質・ビタミンのA・B 1・B 2・B 12・C・E・ユビキノン・ニコチン酸・葉酸・パントテン酸・マグネシウム・亜鉛・ヨードなどがそれである。これが一つでも不足すれば遺伝情報の暗号の解読ができず、したがってフィードバックが挫折するということである。これによって生体の合目的性は否定されざるをえないのである。

 生体の目的の第一は個体の保存である。したがって生体の合目的性が維持されれば健康長寿が実現するはずである。ここに紹介したラットの寿命の実験は、本論文の理論の有効性を裏書きするものといえよう。

 高タンパク・高ビタミン・適正ミネラルの食事は完全栄養食となる。われわれは完全栄養食の効果を多数みてきた。成長ホルモンの投与で効果のみられなかった学童の身長が伸びた例、医薬で効果のみられなかった子供のハゲが治った例、子供の心臓中隔欠損が正常化した例、あと2ヶ月と宣告された肝ガンが治癒して現場復帰した医師の例、カルヴェの扁平骨が修復された80歳の男性の例、手術を繰返してきた緑内障が完治した中学教師の例、アレルギー性鼻炎が治った例など、栄養素の全面補完によって健康への道の開かれた例はまことに多い。この事実は、栄養素の不足による病気が多いことを示している。

心臓中隔欠損
心臓は左右の心室および心房で構成されている。心室や心房の仕切りにあたる中隔は、発生および発育過程の異常で欠損が生じることがある。

カルヴェの扁平骨
カルヴェ病(扁平椎)。脊椎を構成している椎骨の扁平化がおこる病気。

健康と医療を考える 脚注より

 近来にわかに加速されている環境破壊のなかに酸性雨・酸性霧の問題がある。これは土壌に含まれる硫黄を増加させ作物のセレン吸収を阻害する。これは植物性食品のセレン含有量の低下を招きセレン酵素の不足となってわれわれの健康を脅かすことになるだろう。この対策は健康管理上の一つの問題にならざるをえまい。

セレン酵素
セレンをふくむアミノ酸(セレノアミノ酸)を必須成分とする酵素。活性酸素除去酵素のひとつグルタチオンペルオキシダーゼはその例である。

健康と医療を考える 脚注より

 健康について、あるいは健康管理について考えるに当たって、自分の体を問題にする以外に環境を問題にしなければならないことはこの一例からだけでもわかる。要するに生体の側ばかりでなく環境の側からも考える必要があるということに他ならない。そこで環境汚染・環境破壊に目を向ける必要がでてくる。

 われわれを取巻く環境としては日光あり大気あり食品あり飲料水あり微生物ありであって雑多な因子がからみ合っている。場合によっては医薬・放射線・X線などがここに加わってくる。これらのなかにはもともと生体に対して傷害作用をもつものもあり、添加物や汚染物質が加わって傷害作用をもつようになるものもある。これらの総和が公害といわれるものだろう。

 公害は健康を脅かす原因としてますます拡大する傾向にある。したがって健康管理上の問題として公害に目をくばる必要がある。われわれの健康にとって、栄養障害を前門の虎とするならば、公害は後門の狼というべきだろう。この後門の狼に対する防衛は、栄養補完に劣らぬ価悟をもっている。

 公害の定義を改めて確認することもないだろうが、それは人間に責任のあるものという条件がついているのではあるまいか。現在フロンガスの放出によって上空のオゾン層が破壊され、いわゆるオゾンホールが形成され、そこから短波長紫外線がもれて地上に達し、皮膚にガンを生ぜしむることが問題になってきた。そこで発ガン性をあらわす物質は、紫外線が体内の水に作用してつくる活性酸素であることがわかってきた。フロンガスの放出は人為的であってその責任は人間にあるのだから、この現象は公害の中に位置づけられることになる。

フロンガス
フルオロカーポン。フロンは炭素に塩素・フッ素の原子が結びついた化合物の総称。冷蔵庫やエアコンの冷媒エアゾール製品の噴霧剤などにひろく用いられ、上昇して成層圏でオゾン層を破壊する。

健康と医療を考える 脚注より

 前述のように公害は多岐にわたるのだが、そのすべてが直接にあるいは間接に活性酸素に結びついている。紫外線の場合でさえもが例外ではなかったのである。

 活性酸素の正体はその名の如く活性化された酸素である。大気に含まれる酸素のごく小さな部分は活性酸素であるが、ほとんど全部は不活性の酸素である。酸化力の弱い酸素である。酸素分子が強い酸化力をもつためにはその原子核を取巻く電子の状態を変える必要がある。活性酸素とは酸素分子の電子の状態が異常のものといってよい。紫外線照射の場合、紫外線のもつ大きなエネルギーが、体内の水分子のなかの電子の状態を変えるのである。そのことが直ちに活性酸素の発生を意味している。電子の状態とは、その数や配置をさす言葉である。

酸化力
原子は原子核と電子で構成され、各元素は、固有数の電子をもつ。原子または分子中の電子が、他の原子や分子へ移動したとき、電子をとった側が相手を酸化したことになる。酸素は相手を酸化する性質をもっている。

健康と医療を考える 脚注より

 ここにいう電子の状態の主なものは五種ある。そのうちの一つは不活性であるから、活性酸素は4種あることになる。そのなかには、一つの状態から他の状態に移るものもあるし、移らないものもある。そのそれぞれに名称が与えられているが、ここではそれを区別せずに一括して活性酸素と呼ぶことにする。活性に強弱の差はあるが、そこまで立入らないことにする。

 活性酸素はその酸化作用によって相手の物質の分子から電子を引き抜く。その結果として相手に異変がおこるのである。活性酸素は組織の細胞やDNAに傷害を与える。細胞は障害をうければ殺される。DNAは傷害をうければ突然変異を生じ、その結果として腫瘍を生じたり細胞に死をもたらしたりする。活性酸素は相手の分子から電子を引き抜いてこれを変貌させずにおかないのである。そこで、毒性酸素という別名が与えられている。

細胞
生物のからだは、すべて細胞で構成されている。細菌などは単細胞であり、ヒトは多細胞生物である。組織・器官はそれぞれの細胞でなりたっている。

健康と医療を考える 脚注より

 活性酸素と病気との関連が問題にされるようになったのは1980年代初頭であってあまり古いことではない。そして今日では、ガンを初めとして脳卒中・心不全・自己免疫病などの成人病から院内感染までに活性酸素がかかわっていることが知られるようになった。ガン発生についてはイニシェーションとプロモーションの二段階があるといわれるが、両者に活性酸素がかかわっている。タバコには発ガン性があるといわれるが、その発ガン性がニコチンやタールにあるのではなく煙にふくまれる活性酸素であることが、国立がんセンター研究所の元生物物理部長永田親義によってつきとめられた。活性酸素除去の方法を実践すればタバコ恐れるに足らずということになる。このようにして活性酸素対策があれば多くの致命的な病気を恐怖の外におくことができると考えてよいのである。したがってこれは、健康を狙う後門の狼に対する有効な策となるのである。

 活性酸素対策を視野に入れるとなれば、その発生がいつどこで起こるかを知らなければならない。ここではその例として紫外線とタバコをあげた。X線や放射線の発ガン性も紫外線の場合と同じく、照射によって体内の水から発生する活性酸素にある。

 医療のための薬品や食品に添加される防腐剤や染料などは、もともと体内に存在しない物質である。自動車の排ガスに含まれるベンツピレンなどもそうである。そのような小さな異物は体内に入れば薬物代謝の対象になる。これは解毒と呼ばれたりする酵素反応であるが、この代謝の主役はチトクロームP450《脂溶性基質に酸素を添加する酵素。細胞小器官ミトコンドリアや小胞体に存在する。》という名の鉄酵素である。この酵素が働くときに活性酸素が発生するのである。添加物のある食品が恐れられ、医者の薬の副作用が恐れられているが、それは活性酸素を恐れていることに他ならない。この事実の認識なくして健康を語ることはすでに時代遅れになったといえよう。

チトクロームP450
脂溶性基質に酸素を添加する酵素。細胞小器官ミトコンドリアや小胞体に存在する。

健康と医療を考える 脚注より

 大きな異物、例えば細菌・ウイルスあるいはアスベストの粉末などが体内に侵入したときの生体の対応は薬物代謝によらない。細菌の場合、防衛の第一線に立つのは好中球と呼ばれる白血球である。

 好中球はマクロファージと共に食細胞という別名をもっている。これら食細胞の役割は異物を体内に取りこんで殺すことにあると長らく考えられてきた。活性酸素の研究が進んだ今日では話が少しちがってきた。食細胞はこれらの異物に向かって活性酸素を発射してこれを失活させ、しかる後にこれを体内に取りこむことがわかったのである。この有様はNHKテレビで放映されたとのことである。

好中球
中性の色素に染まる特殊顆粒をもつ顆粒球で、末梢血中の白血球のうち、もっとも数が多い。

マクロファージ
大(貪)食細胞とよばれる大型の細胞。肝のクッパー細胞、朋胞マクロファージなどがある。異物処理や抗原提示細胞として働く。

健康と医療を考える 脚注より

 このように食細胞が活性酸素を放出するに当たって、その量は必要量をオーバーする。この余剰の活性酸素が傷害を起こすことになる。これは大問題になりかねない。

 臓器の機能が極端に低下すると、その細胞は好中球を誘引する物質サイトカインを分泌するようになる。すると好中球はサイトカインの濃度の高い方へと移動してそこで活性酸素を放出する。結局、活性酸素がその臓器を障害することになる。老衰や過労があるとき多くの臓器に機能低下が起こる。そのときこのような現象が多発して多臓器不全となる。食細胞のこの機能はもともと合目的な性質のものであるが、このように反目的的になる場合がいくつかある。その例はアスベストの吸入による発ガンである。このときマクロファージがアスベストに活性酸素による攻撃をしかける。アスベストは石であるから全く変化しない。そのために活性酸素の発生が持続してついに発ガンに至ると説明される。

サイトカイン
細胞が、お互いの相互作用により免疫や増殖などの調節をするためにつくり、分泌する分子。リンパ球のつくる“リンホカイン”や、マクロファージのつくる“モノカイン”などがある。

健康と医療を考える 脚注より

 このような反目的的事態に対して生体が完全に無力ということはない。そこには活性酸素除去手段が存在する。その例は尿酸・ビリルビン・女性ホルモンであり、カタラーゼ・セレン酵素・グルタチオンペルオキシダーゼ・SOD(スーパーオキサイドディスムターゼ)であり、ヒスチジン・トりプトファン・メチオニンなどのアミノ酸である。これらのアミノ酸はタンパク食品のほとんどすべてに含まれている。さらに食品からとれる活性酸素除去物質として、カロチノイドのほか、ある種のフラボノイド、ある種のポリフェノールがある。これらはすべて植物由来のものであるが、カロチノイドの一種キサントフィルは、いろいろな卵の卵黄、赤身の魚肉などに色をつける色素となっている。ポリフェノールの一種タンニンは緑茶や紅茶などに含まれて渋味をつくっている。またカロチノイドの一種カロチンはニンジン・カボチャ・緑葉野菜などに含まれている。

ビリルビン
へモグロビンや鉄酵素のヘムが分解して生じる最終産物。黄疸は血中ビリルビンが過剰の状態。

活性酸素除去物質
抗酸化物質、活性酸素スカベンジャーともいう。

健康と医療を考える 脚注より

 さきに高タンパク高ビタミン適正ミネラル食を栄養完全食とした。ここにおけるタンパク質・ビタミン・ミネラルは栄養素の役割を担う。活性酸素との関連でみると、これらのうちには栄養素としてばかりでなく活性酸素除去に働くもののあることがわかった。ヒスチジン・トリプトファン・メチオニンなどのタンパク成分がそれである。ビタミンでは、A・B2・C・E・ユビキノンに活性酸素除去作用がある。栄養素としての作用以外にである。この事実はビタミン大量摂取の価値を高めることにならざるをえない。

 ミネラルについても同じようなことがいえる。活性酸素除去酵素グルタチオンペルオキシダーゼはセレンを含んでおり、カタラーゼは鉄を含んでいる。SODは銅・亜鉛を含むものとマンガンを含むものと、人間の場合には二種のものがある。これらのミネラルの不足があれば、活性酸素という後門の狼にやられることになるのである。

 厚生省はかつて、百歳以上の高齢者全員が毎日1個か2個の卵を食べているという調査結果を発表した。また東北大学のチームは全国的に長寿村の食生活を調査して、そこにカボチャを多食する習慣があったことを報告している。これは活性酸素が健康を損い寿命を縮めることを証明するデータとして認識するに足りる事実である。

 活性酸素の発生源として見逃すことのできないのはエネルギー発生の場合である。生体のエネルギーは主としてミトコンドりアという名の細胞小器官でつくられる。ここに電子伝達系というエネルギー発生系があるが、ここで伝達されるべき電子が正常なコースを外れて酸素分子に渡されるケースが一定の確率であらわれる。これは活性酸素の発生となるので生体はこれを除去するためのマンガン酵素SODを用意している。それにもかかわらず、一部の活性酸素は除去過程を免れる。これが傷害作用をあらわすのである。

 このようなエネルギー代謝に伴う活性酸素の増産をもたらす物質が知られている。その一つは除草剤として使われる農薬パラコートである。これを飲んだり浴びたりすると致命的な傷害が起こる。前述のように生体には活性酸素除去作用をもつ多様な物質が用意されているが、活性酸素の量が大きいとその傷害を有効に防ぐことはできないことがわかるではないか。

 ジョギングの創始者フィックスはジョギング中に死んだ。老人病の専門医日本医大孝夕授金子仁も同様である。SODの産生量は40歳代から落ちるといわれる。彼らの死が活性酸素中毒による可能性は高い。活性酸素除去機能のチェックはいわゆるドクターチェックの項目にはないのである。テニスのプレーヤーがコートで命を落とす例は少なくない。これも活性酸素除去の失敗によるものと考えられる。原則として激しいスポーツによるエネルギー消費は活性酸素の過剰生成という恐るべき代償を払わせられる。これを除去する方策を考慮することなしにその種の行動をとるのは中高年者の場合には無謀といわざるをえない。もっともこれがいえるのは1 9 8 0年以降のことではあるが。

 生体は感情をめぐってあるいは性をめぐってさまざまに動く。これらを握るものはステロイドホルモンやアミン型ホルモンである。この種のホルモンの分解には活性酸素の発生が伴う。性ホルモンなどのステロイドホルモンの場合には分解時ばかりでなく生成時にも活性酸素が発生するのである。衝動にも情動にも活性酸素の中毒が付随するということである。これが健康に無閑係と考えるわけにいかないのである。

ステロイドホルモン
コレステロールを原料にして、体内合成されるホルモン。性ホルモンや副腎皮質ホルモンがある。

アミン型ホルモン
アミノ酸を原料に、体内合成される生理物質。アドレナりンやセロトニンなどがある。

健康と医療を考える 脚注より

 ストレッサーがかかると生体はこれに対抗するためのフィードバックとして副腎皮質ホルモンをつくる。これもステロイドホルモンであるから生成時にも分解時にも活性酸素が出てくる。

 ストレッサーが強ければストレスも強く、それに応じた量の活性酸素が発生する。そしてそれに応じた傷害が起きる。心労や過労のあとに発症する病気は多い。これはすべて活性酸素中毒が原因と考えてよい。ストレスに弱い人が病気になりやすいという原則が想定できる。何の病気になるかを決定する最大の因子は恐らくHLA《Human Leucocyte Antigen。ヒト白血球抗原。細胞膜上に表現される固有の抗原物質。白血球にあるものと、全細胞上にあるものとがある。》であろう。これは白血球の血液型に表われるD N Aの相異である。

HLA
Human Leucocyte Antigen。ヒト白血球抗原。細胞膜上に表現される固有の抗原物質。白血球にあるものと、全細胞上にあるものとがある。

健康と医療を考える 脚注より

 ここに一つのエピソードがある。米国サンフランシスコでのことである。米人の中流家庭の生活を見せるといって友人が自社の社員の家へ私を連れていった。応接間で待たされている所ヘ小さな多動の子が飛びこんできた。その挙動も話しぶりもおかしい。しばらくしてその両親と友人は私をレストランに案内した。そこで私はさっきの子供のことを夫人にきいてみた。その子は年は5歳だが集中ができず知能がおくれ、成長が停止してしまった。医者に診てもらったがどこへいっても打開のめどが立たないで困っていた。そのうちに新しい医療をやっている若い医師を紹介された。その時点からめきめき症状が改善されたといって喜んでその話をしてくれた。やがて、彼らの家に戻ると、彼女はその医師に借りた本を開いて見せてくれた。それは病気についての本で低血糖症のことが書いてある。夫人はまたタンパク食品の缶やビタミンの瓶を出してきた。その子の病気は低血糖症であってそれが好転しつつあったのである。

低血糖症
血糖(血中フドウ糖)直は、インシュリン・グルカゴン・成長ホルモンなどにより調節されている。血糖の桓常性が保てずに低血糖になると神経症状が出賑する。

健康と医療を考える 脚注より

 彼女は私が病気や栄養について少しばかり知識をもった人閏だということを知るはずはない。友人もそれを知らないからである。そういう人間にここに記した素朴な態度をとるアメりカ人に興味を覚えて私は自分の考えを示した。血糖値のフィードバック的コントロールについて、またその鍵を栄養物質が握っていることについてである。彼女は十分満足した。医師は本を貸してくれただけで何の説明もしなかったからである。私から見ればそれは無理もないことであった。

 サンフランシスコにはスタンフォード大学があるが、そこに接してポーリング科学医学研究所があってメガビタミン主義のメッカとなっている。したがってその影響下にある医師がいて当然であろう。スタンフォード大学の医学が世界のトップクラスにあることはよく知られている。日本から留学する医学者も多い。ところがメガビタミン主義を日本に持ち帰る人はいないようである。

 このスタンフォードで学んだある病院の放射線部長は、乳ガン手術後の放射線照射はその後の転移率を全く左右しないというデータがあるといいながら、私の友人にリニアックの照射をした。器械の代金の償却のことが頭にあるらしい。ある医師はレントゲンの器械を買った当座はそれを頻繁に使うことになるといった。それは償却のためといった。

 胃ガンの手術で胃の三分の二を切除し、それに切り取った空腸を逆につながれた人がいる。その結果消化機能は極喘に低下したようで、カプセルを呑めばそれが原形のまま大便の上に浮くありさまとなり習慣性の下痢が繰り返されるようになった。さらにまた突如として低血糖状態が生じ気分が悪くなって昏睡に陥ることがある。担当医が手を焼いて消化器の権威者を紹介した。その医師はこの手術は片綸をつくったといったそうである。

空腸
小腸は、十二指腸につづき空腸・回腸に区分されている。

健康と医療を考える 脚注より

 札幌医大の和田教授が心臓移植の必要性を疑われる患者にこれを強行し、移植の必要性の証拠として他の患者の弁を提示した事件は有名である。当時心臓移植第一号として和田数授の名声は上った。そして患者は死んだ。


心臓には、左右の心房と心室の間や、動脈につながる部分に弁があり、血液の逆流を防いでいる。

健康と医療を考える 脚注より

 医療の大原則は、それが患者のためにある技術であって医師のためや診療所や病院のためにある技術ではないということであろう。またそれは患者という名の人間を管理するためにあるのではなく、患者の病気あるいは健康を管理するためにあるのである。健康管理には本論文の呈示する方法が厳としてある。

 入院患者は栄養士の献立による食事を与えられる。これが栄養完全食でないことは言うまでもあるまい。平均的な食習慣をもつ患者ならば一応は病院食で異常はないが、栄養完全食に慣れた患者は半年以内に事故を起こす。ビタミン類の体内蓄積量はせいぜい半年を賄うにすぎないからである。家内の場合は4ヶ月後に相前後して狭心症と肝炎とを併発し膝閑節の水を抜くことになった。いずれもかつて経験したことのないものである。これらは栄養点滴によってある程度の軽減をみた。輸液は栄養完全食に近いものであるからこれは当然のことである。病院食が栄養完全食であったなら、このようなバカげた事態は起こらずにすむのである。

 ある糖尿病専門の病院の栄養士が栄養完全食を有志に与えた。これによって症状の著しい改善をみたとき、院長はこの食事を禁じた。この社会で営業妨害は忌避されるのである。
 東京多摩病院長松家豊は私の著書を読んでビタミンCを摂り、自分の痴呆傾向を治した。そして入院患者全昌にビタミンCを投与して褥瘡《じょくそう、とこずれ》や夜間譫妄《やかんせんもう、せん妄は、不安や恐怖、錯覚、見当識障害などの脳症候群。夜間せん妄は痴呆症でおこりやすい。》やカゼを防ぐことに成功した。この経緯は日本医事新報《日本医事新報(昭和59年3148号)》に詳細に報告されている。

 松家によれば健保制度の導入によって医者は勉強を忘れた。これは失言ではないだろう。その結果として医療が国民の信用を失うところまで低下したといってよいだろう。

 本論文は自然科学という学問を外れていないことを特長とする。学問とは何ぞやという問いにはカントの答がある。それを現代風に表現すれば、客体から情報を取出すのではなく主体が客体を組立てることによって学問は成立するといえばよいだろう。よく行われている各種の検査はいくら精緻《せいち。こまかく緻密なこと。》に行われてもそれだけでは科学にはならないのである。確実堅固な理誦によって生体を組立てることができて初めて医療が科学に立脚することになるのである。そしてその理論として分子生物学があり量子生物学があるということができる。この大方針があって初めて医療が全幅的な信頼をえることができるのではあるまいか。これは医療費削減の道に通じるはずである。

精緻
せいち。こまかく緻密なこと。

健康と医療を考える 脚注より

 念のために記しておくが、習慣的献立の食事を完璧なものにすることが全く不可能といってよいことは本論文で読み取れるだろう。

 最後に一言。私は鉛中毒による重症糖尿病をもっていてインシュリンを欠かすことができない。しかし高タンパク・高ビタミン・適正ミネラル・抗酸化物質群を食生活に導入することによって、食事制限をすることなく、原稿書きも講演旅行もスキーも水泳もやめずに自分の健康管理の理論の有効性を立証しつつあるのが私の現状である。


三石巌 健康と医療を考える
編集/発行:三石理論研究所
発売日:1999/7/1



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