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私が2階のトイレを使う理由

私の勤め先は3階にあります。毎朝3階まで、急勾配の階段をヒイヒイ言いながら登って、奥の扉をカードキーで開けて仕事場へ向かいます。守秘義務があるのでそれ以上中については書けませんが、外についてのお話は禁止されていませんので、ここに書いていきます。

部内からカードキーで施錠されている扉を抜け出ると、ちょうど正面に3階のトイレが位置しています。ここの部署の人間はこの正面のトイレを使うのがセオリーでしょうが、私はあえて使いません。理由は単純、臭いからです。2階のトイレを使います。

なぜ3階のトイレがあれほど臭いのか私は思い当たる節が全くありませんし、もちろん私が原因でもありません。しかし今までの経験から、何となく推察できてしまいます。おそらく破壊的なクソをする何者かが、この部署に存在するのです。というのも、清掃員が入った後は悪臭が止むのです。それに朝方には臭いが治まっています。配管から常に登ってくるような慢性的な臭いではないのです。

だから3階のトイレは頻繁に「清掃中」の黄色い看板が立っているのか、と私は何となく納得していますが、事態はこれで終わりません。まれに、聖域である2階のトイレも悪臭に侵されるのです。未だ相まみえない悪臭の主は、いけしゃあしゃあと他階の便座も汚していくのです。「卑劣な!」と思わず戦慄しました。

しかし冷静になって考えてみると、別のストーリーが浮かんできます。あるいは、悪臭の主は一人ではないのではないか、と。皆が見過ごしていた悪事をはたと見かけると、誰もがその犯人の顔をぼんやりと想像してしまいますが、決まってその顔は一人であり、複数人であることは稀です。しかし須らくトイレというものは複数人が使うもので、然るに今回ばかりは、犯人が単独ではない可能性が大いにあるのです。

おそらく、また別の悪臭の主は、3階のトイレを使おうとして「うわくっさ!」と驚きながら2階の聖域へ避難するのでしょう。悪臭の主もまた、他人の悪臭を恐れるのです。するとそれぞれがそれぞれに悪臭のない地へ赴き、その地を次々に汚染していくのです。まるで野獣の縄張り争いです。同じ汚染地域に脱糞すればいいものを、臭いからと他の地に手を広げるのはもはや悪行です。

お願いですからどうか3階に固まっていてください、と届かぬ祈りを捧げながら、私はまた今日も2階の聖域で用を済ませます。それだけです。

今回は敬体で書いてみましたが、これもなかなか面白いですね。

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