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映画『ボーンズ・アンド・オール』感想文



ホラー映画って苦手です。

『ボーンズ・アンド・オール』がカニバリズムを描くラブストーリーと知った時、これを観るべきか少し迷った。しかし、ティモシー・シャラメ、『WAVES』のテイラー・ラッセルが出演し、監督が『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノということもあって劇場に行くことにした。

心配した自分がバカらしく思えるくらい、映画は素晴らしいものだった。もちろんマーク・ライランス演じるサリーが白ブリーフ姿でボディーにかぶりつくというトラウマシーンこそあったけれど、それを打ち消すほどのマレンとリー、ふたりの姿が今も脳裏に焼き付いている。

『ボーンズ・アンド・オール』の舞台は80年代のアメリカ。カントリーサイドの古びた街並み、電話帳での人探し、クリック一つで欲しいものが手に入る、そんなインターネットやSNSが登場する前の時代のお話だ。

この舞台設定が本当に素晴らしかった。薄汚くて寂しくてなんだか不安になるけれど、鬱蒼と茂るとうもろこし畑や平原に映る地平線、アメリカの方田舎の息をのむような美しさに、なんとも言えないものがこみ上げる。

マレンとリーはいったいどんな思いで旅をしていたのだろうか?

はっきり言って人喰いに生まれるなんて想像がつかない。そして自分が生きるために誰かを殺さなければならないなんて。そんな矛盾に満ちた人生、絶望しかない。

でも一つの出会いが運命を変えることだってある。マレンにとってのリー、サリーにとってのマレンのように。彼らは世界にたったひとり、孤独の底から助け出してくれる存在に出会えたのだと思う。

サリーは孤独の果ての姿、狂人だ。しかしそんな彼もひょっとしたらマレンに希望を見出していたのかも知れないし、マレンはリーと行動を共にする中で、孤独よりも人を愛することを選び、宿命に抗おうとしたのだろう。

「カニバリズム」をテーマにしているだけあって色々とショッキングなシーンはあるけど、それはあくまで一つのメタファーであり、ひとりひとりの「自分の言葉」をそこにあてはめることが出来る。『ボーンズ・アンド・オール』はそんな開かれた作品のように思える。

どうしようもなく残酷な世界で、それでも生きようとするふたりの姿は、美しくも儚い。そしてその姿は今もわたしのこころを掴んで離さない。

どんなに絶望に立たされたとしても、誰かを必要とし、必要とされること、人を愛することは、何物にも代え難い本能であり、もしかしたらそれこそが、希望そのものなのかも知れない。

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