見出し画像

復刻出来なかった幻の2本『愛のために死す』と『愛の亡霊』

 シャルル・アズナブールが歌った「愛のために死す」。これは元々アニー・ジラルド主演の映画『愛のために死す』に感激したアズナブールが、映画にインスパイアされて書いた曲です。
 わたしはレイモン・ルフェーブル・オーケストラの演奏で知りました。このアレンジは本当に重厚で素晴らしい。もう50年近く聴いているのに飽きません。

 ピアノのイントロからストリングスへ、そしてサビで再びピアノが盛り上げ、情感が感極まり、そこから転調して、、という、ルフェーブル作品の中でも一二を争う名演です。わたしはこのオリジナルサウンドトラックがあるものだとばかり思い込んで、本作の権利を追いかけていました。
 しばらくして『激しい季節』のややこしい契約をまとめてくれたエージェントが権利元を発見。どうやら本作はフランスでは国民的作品として知られているらしく、当時はまだ珍しい4kマスタリングの準備にかかっているというのでした。
 さっそくスクリーニング用のサンプルを取り寄せて観てみました。
 高校教員のアニー・ジラルドはあろう事か、教え子の高校生と恋に落ちてしまいます。それが表沙汰になって、アニーは未成年者を誘惑したとして教え子の親から訴えられます。学校側は罪を認め、謝罪して事を収めるようアニーに進言します。しかし、アニーは彼との間柄は真実の愛だとして、一切の謝罪や罪を認めず、闘う姿勢を見せます。やがて周囲はおろか、社会までアニーを糾弾し始めますが、追い詰められ、教え子と引き剥がされても真実の愛を貫こうとします。
 わたしはドロ沼の展開の本作を見て、ようやく迎えたエンディングであの名曲がいよいよ流れるのだと待ち構えていましたが、そうではありませんでした。
 そこでようやくアズナブールが映画化の後に作った事を調べて知るわけです。何という勉強不足でしょう。
 結局日本人には不向きなストーリーであるのと、さほど話題にもならなかったことを踏まえて復刻は見送りました。それにしても日本版とオリジナル版では作品の世界観が全く違います。
 日本版は、クロード・ルルーシュ系の、まさにラブストーリーといった感じ。ほぼ日本国内の映画職人がコラージュした見事な出来映えです。素材少なかったんじゃないかなぁ。

主題歌シャルル・アズナブールとあるが、曲はかからない

 主題歌アズナブールと記載がありますが、これはいわば『ナイル殺人事件』における「ミステリー・ナイル」のサンディー・オニール、『テス』におけるピエール・ポルトの「哀しみのテス」、『エーゲ海に捧ぐ』とジュディ・オングの「魅せられて」の関係のようなものでしょう。
 これがオリジナル版のビジュアルになると全く変わってきます。

まるでウディ・アレンの『泥棒野郎』みたい

 いかんせん、監督は『眼には眼を』のアンドレ・カイヤットですから、一筋縄ではいかず、メッセージ性のある仕上がりになっています。本作も「人を愛することは犯罪にあたるのか?」という重いテーマがのしかかっている、そんな作家性の強い作品でした。
 復刻していても、おそらく赤字だったでしょうね。
 そういえばもう1本、音楽の方が頭に深く刻まれているにもかかわらず、日本未公開で初リリースを断念した作品がありました。それが、「Fantasma d'amore」、まあ邦題をつけるとしたらそのまま「愛の亡霊」か「愛の幽霊」でしょうが、このタイトルは大島渚監督の同名作品がありますね。
 監督は職人ディノ・リージ、ロミー・シュナイダーとマルチェロ・マストロヤンニが共演した作品です。これだけでもメンツはそろっているのになぜ公開しなかったんでしょう。
 この物語はちょっと説明が難しく、ミステリーでもあり、愛の物語でもあり、「いま、自分は生きているのか、それともすでに死んでいるのか」と思わせるような幻想譚のようでもあり、ひとつのジャンルの中で語られる話ではなさそうです。


 マルチェロ・マストロヤンニがバスの中で小銭を持ち合わせておらず困っているみすぼらしいロミー・シュナイダーにバス代を貸してやります。このロミーは醜態メイクで、ひどくやつれ、まるで「死人」のようでした。その夜、マストロヤンニが妻と二人で夕食をとっているとロミーからお礼の電話がかかります。名前をアンナと名乗るのですが、その名前は昔の恋人と同じでした。あの美しかったアンナが今日のバスの人?
 次の日マストロヤンニはアンナの旧居を訪ねます。そこで昨日のみすぼらしいロミーと再会し、喜びのあまりロミーに口づけされますが、その醜態さから思わず逃げ出し、唇を拭いてしまいます。
 マストロヤンニは別の日、友人の医師らと食事をし、その時に昔の恋人のアンナに遭遇したと語ります。しかし医師は衝撃的なことを言います。
 「アンナは3年前に癌で死んだよ」
 信じられないマストロヤンニは、アンナのその後を聞きだし、結婚したという伯爵邸へ向かいます。そこで出迎えたのは美しいロミーが扮するアンナ。あの美しいままのアンナでした。
 このあたりから、観客もマストロヤンニも「いったいアンナは本物なのか?」と思い始めるという構図になります。
 愛した女性が死んだと聞かされるが、会いに行くと美しいままの姿でいる。しかし、そんなはずはない、バスの中で出会ったのが本当のアンナなのか、いやそれは別人なのか、という展開になります。

 そしてこれが本作のオリジナルサウンドトラック。リズ・オルトラーニが作曲し、クラリネットはベニー・グッドマンが吹いています。
 なんていうメランコリックな名曲なんでしょう。他にもグッドマンとギターのデュオバージョンもあり、ジャズ作品としても素晴らしいです。 グッドマンのアドリブが素晴らしい、このジャズ感覚は本当に味わい深い。
 音楽だけ伝わって映画の中身がやってこない作品はまだまだありますね。わたしが
もう少し頑張っていればまだ幾つか映画音楽の名作をメインに復刻出来ていた作品があったかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?