土と酒

酒のもう、天日はわれらを滅ぼす、
君やわれの魂を奪う。
草の上に坐って耀う酒をのもう、
どうせ土になったらあまたの草が生える!
--ルバイヤート第64詩

土をこねている。この工程が一番大事だ。空気が入ると、焼成するときに器が割れてしまう。今までの苦労が水の泡になってしまう。
この工程は、重労働で大変である。土をこねている手に、汗が落ちる。ただ、捏ねる。単純の作業は心が楽になる。無心になる。余計な考えがなくなる。「ただ」目の前の作業をやる。そのことに集中するからだ。集中して、口から涎が出る。
最後に、壺から、白い粉をふりかける。友人の言葉を思い出す。
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「俺らみたいなもんは、人を脅して、騙して、傷つける。暴力しかない。何も生み出さない人種なんだ。」
友人は目の前のビールを飲む。私は黙って友人の話を聞く。
「この年になっても、子供もいない。俺は何にも残すことができない。」
友人は続けて言う。
「まだ、仕事中だぞ。次の取り立ての家に向かうぞ。」
私は言う。しかし、友人は続けて話す。
「人間、必ず、最後に行き着くのは、なんだと思う?」
友人は目の前の餃子をほうばる。
「さあね。」
私は、仕方なく答える。
「死だ。」
友人は私の顔を真っ直ぐに見る。
「そして、俺らは、普通の人より早く迎える。」
「いい加減、早くいくぞ。」
私は席を立ち、友人を立たせて店を出る。

こねた土に白い粉を混ぜて、器の形を作る。
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取り立ての道中、再び、友人は口を開く。
「どんな人間でも死んだら、土に還る。」
「まだ続くのか、その辛気臭い話は。」
私は応える。
「土に還れば、そこから草が生え、花が咲く。」
私は、友人の話に耳を傾ける。
「俺が死んだら、俺で酒を飲んでくれ。」

器の形ができた。形はおちょこの形だ。
できた器を焼成する。この時の私は、友人の言葉は理解できなかった。
燃える炎を見て、友人の葬儀を思い出す。その時から5年後だった。
私はすでに、ヤクザを辞めていた。
友人は、お店の女の子に絡んでいた別のヤクザを止めていた。そのヤクザものと揉めて後ろから刺された。絡まれていた女は、葬儀にはきていなかった。

私はヤクザを辞めて、陶芸をやっている。ここには誰もいない。
そして、今、この世にはその友人もいない。それを今、確実に感じている。彼の遺骨を眺めて。
あの時の、友人の言葉は今になって、わかった。
焼き上がった友人を取り出して、冷ます。
日本酒を持ち、友人に注ぐ。
「献杯。」
一気に飲み干し。器をその場に割る。
器は土と混じり、いずれ、草が生え、花が咲くだろう。
その頃また、ここで盃を交わそう。
<了>

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