掌編小説:ワードバイヤー

「『愛』という言葉を買いたい。」
客はそういった。
私の仕事は、ワードバイヤー。ワードバイヤーは、言葉の売り買いをする仕事だ。
時代の流れで廃れた言葉があるが、あれは俺たちワードバイヤーが買ったからだ。
廃れたんじゃない。
人は自分達で言葉を、決めて操っているように思っているようだが、大きな勘違いだ。言葉を作っているのは、別にいる。そして、流行らせている人物も別にいる。

最近は、景気が悪い。原因はSNSだ。ネット上で勝手に言葉の売り買いをしている輩がいる。
そのおかげで近頃は、言葉狩りにあっている言葉を売っている。
正直、二束三文だ。

話を戻そう。
「『愛』という言葉を買いたい。」
随分とデカい言葉を買うおうとしている顧客だ。
一般的に使われている言葉ほど、価格は高い。言葉の認知度によって言葉の価格も変わる。
『愛』という言葉は、正直、値段がつけられないほどの言葉だ。

「なかなか、高価価格になると思います。」
「かまいません。お金ならあります。」
どんな大富豪だよ。と思いながら、値段を提示する。
顧客に耳打ちをする。
「わかりました。」
顧客は頷いた。
「ちなみになぜ今回『愛』という言葉をお買い上げに?」
普段はそんな質問はしないが、気になってしまい聞いてしまった。
「この世の中にそもそも愛なんてないじゃないですか?人は戦争をして、ネット上では姿を現さないで誹謗中傷をする。正直、愛というものを感じられないんですよ。だから、ないものの単語は必要ないと思いまして。」
「なるほど、見えないけど、言葉自体存在するものは他にも、ありますよ。神とか」
「神は見えないけど、感じることはできます。神の存在を感じる出来事さえあれば。」
「そうですか、それなら、愛も見るものでなく、感じるものではないでしょうか?」
「さっきも言いましたが、愛を感じられる出来事がないんです。世の中を見てもそうでしょう?」
「愛にもさまざまなものがあるでしょう?家族愛とか恋愛とか、動物やものにだってありますよ。愛着とか?」
「とにかく、私は感じられないのです。買わないのですか?」
「いえ、聞いてみたかっただけです。なかなかな言葉をお買い上げなので。」
「そうですか。質問は以上ですか?」
「いえ。」
「まだ何か?」
「愛に変わる言葉は、なんだろうと考えていただけです。こちらの仕事なので、お気になさらずに。」
「そんなものは存在しないよ。あっても買い取るだけです。」
「何があったんですか?」
「何がです?」
「なぜそんなに『愛』という言葉をめの敵にするんですか?」
「売らないんですか?」
男はスーツケースを取り出して、中を開けた。
そこには札束がぎっしり入っていた。
私は息を呑んだ。
「安い買い物ではないと思うんです。」
札束を見ながら、私は問いかける。
「なぜ買い取るのか、本当の理由を知りたいだけです。」
「本当の理由を言わないと売らない?」
「大きな仕事ですからね。理由を教えてくれてもいいと思いますけどね。」
男はスーツケースを閉じた。
「わかりました。他を当たらせていただきます。」
男が出ていこうとしたので、私も口を開いた。

「大した理由でもないんでしょ?」
男はドアを開けようとしたが、とまった。
「なぜですか?」
「まず、買い取る理由が理由になってないですよ。話も抽象的だし。どうぞ、他の業者にお願いしてください。」
男は振り返った。
「少し、失礼じゃないです?」
冷静を保っているようだが、唇は震えていた。動揺しているようだ。
つまり、図星だ。
「申し訳ございません。もう愛という言葉は売らないので、大丈夫です。他の業者に行ってもらえればいいです。」
男は顔が赤くなっていた。怒っているのであろう。
ドンドンと歩き、ソファーに座る。
「家族を養うため、身を粉にして働いたのに、帰ってきたら、妻と寝ているのは、私じゃなく、知らない間男。これに愛があるっていうんですか?」
男は語り出した。
「怒らないでください。」
そんなことであろうと思った。それにしても物凄い大金だったな。
「あなたが、買うべきものは、愛という言葉よりも、休みですね」
「ついでいいうと妻は、売りに出した方が良いですね。」
<了>




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