Valkan Raven #1-3

1-3

 ――1羽のカラスが、空を飛んでいる。
 真下に広がる繁華街が玩具の塊のように見える。隙間で狭苦しそうに蠢いている人間達は、砂糖に群がる蟻か増え過ぎて身動きが取れないシャーレの中の微生物のようだ。
 真上にあるのは果ての無い空。雲一つ無く、その美しい青は地にいる色とりどりの化け物達も、 天を漂う孤独な漆黒の化け物も拒む事無く包んでいる。
 舞い上がる桜の花弁が、下劣な世界に純潔の花言葉を捧げている。孤高のカラスは翼を広げて気ままに自由に飛ぶ。このカラスは一体。もしかして、私がカラスになっているの?
 遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。「お前と一緒にするな」と、言われているような――
 埃と土と木の臭いがする。淡い暖かさを上半身に感じる。
 魅姫は瞼を開く。刺し込んだ光に驚いて目を閉じてしまうが、時間をかけてゆっくりと視界を鮮明にしていく。
 塵埃の漂う空気の先に汚れた木の天井が見える。周りを見渡してみると、何処かの家らしき所だが窓と壁は丸裸で家具は無く、畳は泥塗れで照明も敷物も見当たらなかった。
(……天国って、こんなに殺風景なの?)
 理解不能のまま起き上がろうとすると、脇腹に鋭い痛みを感じる。茶色い染みが付いた制服を捲り上げると、腰部に包帯が巻かれていた。
 ――痛みを感じるという事は、どうやら私はまだ生きているようだ。誰が手当てをしてくれたのだろう。気を失う前の出来事が夢で無いのなら、此処は一体何処なのだろう。――
 寝ている傍の天井から、輪に結んだロープがぶら下がっている。椅子と便箋と文具も置かれている。――気持ち悪い。――足早に部屋を出ると、襖で繋がっているリビングらしき場所を通り、レンズのような硝子が付いた分厚い扉を開ける。
 眩しい太陽の光と涼しい風を前面に浴びる。眼前に広がったのは、木の手摺りの奥にある田舎町の風景。点々と建つ家と施設らしき建物の間に茂みと田圃と畑が詰まっており、左右に山、奥には濁った海と堤防が見える。高い建築物が無いので空が都会に比べて物凄く広い。人の声や車の排気音は聞こえない、鳥の囁きとそよぐ木々だけが聴覚を支配している。
 長閑な景色を眺めていると煙草の臭いがしてくる。煙の流れてくる方向に視線を移してみると、
 数十センチ離れた場所に、見知らぬ男が立っていた。

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