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ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説7―You'll Be Back 和訳


はじめに

ミュージカル『ハミルトン』は、ロン・チャーナウ著『ハミルトン伝』(邦訳:日経BP社)をもとにした作品である。

物語の舞台は18世紀後半から19世紀初頭のアメリカ。恵まれぬ境遇に生まれたアレグザンダー・ハミルトンは、移民としてアメリカに渡り、激動の時代の中を駆け抜ける。アメリカをアメリカたらしめる精神がミュージカル『ハミルトン』には宿っている。

劇中では、友情、愛情、嫉妬、憎悪など様々な人間ドラマが展開される。ここでは、そうしたドラマをより深く理解できるように、当時の時代背景や人間関係を詳しく解説する。

”You'll Be Back"
※歌詞の和訳はわかりやすく意訳。

※歌詞の原文は『Hamilton the Revolution』に準拠。『Hamilton the Revolution』は歌詞だけではなく、オールカラーで劇中の写真が掲載されている。英語が読めない人でも眺めているだけで嬉しいファン・ブック。

KING GEORGE:

You say The price of my love's not a price that you're willing to pay. You cry In your tea which you hurl in the sea when you see me go by. Why so sad? Remember we made an arrangement when you went away. Now you're making me mad. Remember, despite our estrangement, I'm your man.

「ふむふむ、朕の愛の代償はそなたらが払えるようなものではないとな。ふむふむ、そなたらは朕が無視していると感じたら紅茶を海に投げ捨ててしまうとな。どうしてそんなになさけないのだ。そなたらが行ってしまおうとするから何かと便宜を図ってやったことを忘れるな。今、そなたらは私を気も狂わんばかりにしておるぞ。ごたごたはいろいろあるが、とにかく朕はそなたらの大事な人なんだぞ」

解説:ミランダによれば、ここはボストン茶会事件について触れている。ボストン茶会事件とは、イギリス本国が経営が傾いていた東インド会社を救うために北アメリカ市場での紅茶の専売体制を作ろうと考えたことがきっかけで起きた事件。東インド会社の経済的専制に危機感を覚えたアメリカ人が紅茶を海に投げ込んだ。この事件はイギリス本国を激怒させ、北アメリカに対して厳しい処置をとらせることになった。

ジョージ3世はどのような人物であったのか。劇中では常人とは思えないような様子だが、はたして実情はどうなのか。

近年の病理学者の研究によれば、ジョージ3世は先天性ポルフィリン症だとされている。組織内にポルフィリンが沈着する代謝障害で光に対して敏感となる。その結果、腹痛、異常行動、血尿、麻痺、譫妄などの症状が現れるという。

歴史学者の研究では、国王の精神状態について様々な説がある。1775年夏頃の記録には次のように書かれている。王室の何気ない生活が描かれているとともに、国王の精神状態には微塵も問題がないように見える。

国王一家は朝6時に起床して、それから2時間、彼ら自身の時間を楽しむ。8時、王太子、オスナバーグの司祭、王女、ウィリアム王子、エドワード王子がキュー[ロンドン西郊]にあるそれぞれの邸宅から両親と朝食を摂るためにやって来る。9時、年少の子供達がたどたどしい口調で笑いながら朝の挨拶をする。5人の年長者はそれぞれの用事に取り掛かる一方で幼い子供達は扶育者に付き添われてリッチモンド庭園で午前中を過ごす。国王と王妃は子供達が食事しているのを眺めてよく楽しんでいた。週に1度、すべての子供達が連れ立ってリッチモンド庭園に楽しい小旅行をした。午後、王妃は忙しく働き、国王は何かを王妃に読んで聞かせる。[中略]。夕方、すべての子供達はベッドに入る前にキュー宮殿にやって来て挨拶する。そして、同じ事が毎日繰り返される。運動、新鮮な空気、そして、軽い食事が国王の健康法であり活力の源である。陛下は主に野菜を食べワインはほとんど呑まない。王妃は多くの市井の淑女に言わせれば非常に禁欲的である。珍味佳肴が並べられているテーブルから彼女は最も普通の皿を選んで、しかも1回の食事に2つ以上のものを滅多に食べることはない。

ただ当時のアメリカ人は国王がどのような人物であるか知る者はほとんどいなかった。ジェファソンが起草した独立宣言でジョージ3世は暴君としてさんざんにやっつけられているが、実際はそうとは言えない。

確かに国王は、自分の考えに固執しがちであり、他人の優れた見解を理解できず、絶えず自身の息子達と諍いを起し、娘達を隔離するなど救い難い君主であった。

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