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【一人暮らしの徒然】春が近づき、締め切りは迫る。

 夕飯を食べ終えた結衣子は、ふと肌寒さを感じて無意識にエアコンの方を見た。――電源が入ってない、と気づいて目を丸くする。つまり、帰るなりエアコンを入れなければいられない室温でもなくなってきたということだ。そういえば、今日は春物のコートで出かけたなあ。季節は確実に進んでいる。
 季節が進むなら締切も迫る。結衣子は今日も朝も早よからイベント用の原稿をして、ある程度書き出してから出勤した。帰ってきて夕飯を済ませて、シャワーを浴びたら原稿の続きをして一本仕上げてしまうつもりだ。小さくとも明確な目標を持つと生活をきびきびと進行させることができて、楽しい。
 シャワーを浴び終えて着替えたら浴室の水滴を一通り拭いて、ぐっしょりと濡れたタオルを洗濯籠に放り込む。洗い流さないトリートメントを髪に馴染ませ櫛でとかして、ドライヤーで乾かす間にフェイスパックで保湿した。髪が乾いたと同時にパックを取り去り、捨てる前に丸めて耳元や首周り、デコルテをさっとなぞる。潤った顔の皮膚には仕上げのクリームで蓋をした。
 ガスでお湯を沸かす間に、水につけておいた食器を洗う。沸いたお湯で薄いカフェオレを入れて、小さな焼き菓子をお供にタブレットを立ち上げる。さあ、朝の原稿の続きだ。
 結衣子は、四月の同人イベントに向けて折本の小説原稿を作っている。折本とはA4サイズの用紙一枚に切り目を入れて折るとA7サイズの本の形になるものだ。(A3で作る場合もあるが、結衣子の家庭用プリンタは対応していない)表裏に表紙となるページを設けるので、文章にあたる部分は6ページ分。文字数にして、折本一つあたり約1700字。結衣子はその折本を、できれば20種類作りたいと思っている。
 一つ一つに表紙をつけ、印刷して折る手間も考えると、あまりのんびりしていられない。暇さえあればタブレットに向かい、あるいは原作を読み返し、書き出しのきっかけになりそうな着想を追い求める。
 朝に3割ほど書いたものの続きを45分で書き上げた。1730字。これで完成原稿は9本。あと一歩で目標の半分だ。できれば今週中にあと1本か2本漕ぎ着けたいなあ。

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