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「東大よりも世界に近い学校」

「東大よりも世界に近い学校」(日野田直彦 TAC出版)

民間出身の高校校長の著者による教育論の本。著者は30代で公募で大阪府立箕面高校の校長になって多くの生徒を海外の大学に送り出し、現在は武蔵野大学中学校・高等学校と武蔵野大学附属千代田高等学院の学園長と千代田国際中学の校長を務めているとのことである。民間出身の校長による本は他にもあるが、著者自身も学生時代にタイの学校に居た帰国子女であり、その経験を踏まえて、補習や夏期講座をなくし、英語力養成のための講座を作り、MITの起業家養成プログラムを日本の高校生向けにカスタマイズして夏休みに高校生を派遣したり、お金のない高校生には一人3万円でお金を集めてアメリカの大学生を逆に日本に招待するなど、改革の具体的なステップを生き生きと述べている。「5%の生徒が変わることで、全体が動きはじめたのです(91ページ)」とあるように、多くの生徒が海外の大学に進学するようになったとのことである。学校説明会で生徒にプレゼンテーションをさせたり(105ページ)、校則を変えてほしいと言ってきた生徒に企画書をもってくるように言ったり(102ページ)、生徒の希望を聞きながら、守るべき必要最小限のルールも教えるという教育姿勢は素晴らしいと思った。また第5章は海外進学の道として、海外の大学を希望する生徒向けの紙上説明会となっていて、具体的で非常に面白かった。

 そのためには、ロジカルでクリティカルな思考力、デザイン・システム思考力、ディベート思考力、ブレインストーミング能力、プレゼンテーション能力などを身につけなくてはいけません。カタカナ言葉を使わずにいえば、論理的で、先生や偉い人の話を鵜呑みにしない批判的な思考力、創意工夫して新しいものを創り出す構想力、仲間と議論し話し合うなかで問題を解決している力、自分の考えを正確かつ魅力的に伝える力、そして、民族・宗教・言語・文化を超えて多様な価値を否定せず、お互いに尊重し合う力です。それらがこれからの世界が求める人材の条件です。(44-45ページ)

 ベルリッツには完成度30%の授業をお願いしました。わざと、下手な授業をお願いしたのです。これも思考力を育てるためです。素晴らしいプログラムがあって完成度の高い授業をすると、生徒はアホになります。聞いているだけでよく、自分で考える必要がないからです。反対に授業が下手だと、不満をもったり腹を立てたりします。文句をいうためには、自分で考えて、改善点などの意見をいわなくてはいけません。それがねらいでした。(73ページ)

 せっかく、60万円も払って短期留学するなら、実のあるものでなければもったいない。そう考えて、タクトピアという企業と提携してMITの起業家精神養成プログラムを日本の高校生向けにカスタマイズし、夏休みに生徒を派遣することにしました。英会話の訓練ではなく、英語で起業家精神(アントレプレナーシップ)を学び、自分なりのビジネスプランを考えるプログラムです。つまり、大切なことは、「英語を」学ぶことではなく「英語で」学ぶこと。英語が話せるようになることではなくて、グローバルな人間になることです。(79-80ページ)

 クレイジーな人たちとの雑談も大事です。人を育てます。一人の生徒が講師に「なぜ、みんなそんなに頭がいいの?」とたずねました。すると、彼は「ちがうよ。頭がいいんじゃない。俺たちは世界で一番しつこいんだ。絶対にあきらめないんだ。何回失敗しても、最後までやり抜くんだ」と答えました。聞いていて、とてもうれしい思いでした。(82ページ)

 生徒たちの行動が原動力となったチャレンジは校則に留まりません。授業でも学校行事でも、不満があれば自分たちで変えなさいと、生徒にはいいつづけています。ただし、批判や悪口で終わっては何も変わりません。生徒には「文句があるならプランをもってこい」といっています。授業が面白くないというなら、どうすれば授業が面白くなるのか、生徒がプランを提出する。プランが出てきたら、それをぼくが先生に橋渡しします。先生にとっても、生徒からのフィードバックを受けることは、指導のスキルを上げるのに非常に役に立ちます。自分では思いもしなかった気づきが生まれたりもします。1年生のホームルームでは、全員が企画書が書けるようになるために、企画書の書き方の授業をしています。ポイントは、資料を1枚の紙にまとめること、全体像がわかるようにすること、そして自分が伝えたいことだけを書くのではなく、読む人の気持ちや立場も考えることです。(104-105ページ)

 「紙飛行機を飛ばす」ワークショップがあります。これはスタンフォード大学のDスクールとよばれる教育機関で実施されているワークショップです。Dスクールというのは、学生のデザイン思考を高めるための講座でスタンフォードの学生ならだれでも登録できます。
 一つのグループは3人から5人。課題は「3メートル以上飛ぶ紙飛行機をたくさんつくる」ことです。
(中略)
 このワークショップでは、いろんなことが起こります。まず、会議好きな人が多いグループでは、議論するばかりでいつまでたっても紙飛行機が飛びません。作戦会議とテスト飛行を1クールとして、3クールやっても一機も飛ばせないグループは珍しくありません。たくさん飛ばすチームは、だれかが試作品をつくり、他の人はそれを真似してさっさと飛ばします。(111-113ページ)

 一方で、2022年からリニューアルした千代田の中学(千代田国際中学)では部活動を廃止しました。日本の部活動ではやり直しができません。一度入部してやめたら"途中でやめた人"というレッテルを貼られてしまいます。そうではなく、もっと柔軟にスポーツや文化活動を楽しんでもらいたい。そう思い、プログラミングとバスケットボール、ダンス、英語の4つを部活動ではなく、習い事のような位置づけにしました。学校は場を提供するだけで、先生たちは活動にはかかわりません。また、参加も任意にして、季節ごとに変えることもできます。
 これはアメリカなどを参考にしたっものです。バスケットボールで神様とされたマイケル・ジョーダンという選手がいました。彼はずっと野球をやっていました。鳴かず飛ばずの選手でしたが、高校3年生の冬に友人のひと言でバスケットをやりはじめ、世界的な選手になりました。学校の部活動は本来、アクティビティです。いろいろなものに出合うことから気づきが生まれます。子どものうちから専門化するのはおかしいのです。(116ページ)

 勇者に必要なのは、世界のゆくすえを的確に予測し、生き抜くために必要な最低限の知識と、これまでに何度もお話ししたロジカルシンキングやプレゼンテーションなどのスキル、そして、オープンマインドでチャレンジしつづけ、どんな問題も自分のこととして考えることができるマインドを身につけることです。
 「学校の勉強は必要ですか?」とよく聞かれますが、もちろん、必要です。学校の勉強の内容は悪くありません。(144ページ)

 図表23 ハーバードの入試問題
 ハーバード大学の使命は、学生を市民に、そして社会のリーダーに育てることです。この使命に取り組むクラスメイトのためにあなたはどんな貢献をすることができますか。
 図表23は、ハーバード大学の入試問題です。毎年同じことをきいています。ポイントは「あなたは」です。一般論として「こうするべき」だという答えではなく、「あなたは何をするか」。あなたにしかできない貢献をきいているのです。「チャレンジ」「チェンジ」「コントリビュート」、この3つのCが世界では問われているのです。(159-160ページ)

 中学生や高校生で自分が本当にやりたいことに出合える人のほうが稀です。けれど、大人になって社会に出たときに、自分が何者で、何をやりたいかわからないようでは困ります。
 Who are you? ---
 海外に行くと、必ずといってよいほど、そうきかれます。
 「What's your story?」(あなたの物語は?)
 「What's "The Contribution" that only you can make?」(あなたにしかできない貢献は?)
 「How do you see "The World?」(あなたはこの世界をどう見ている?)
 と表現はさまざまですが、ほんと、こればっかりきかれます。自分は何者か、どうやって世界とかかわるか、つまり、「あんただれやねん」です。
 そんなこと日本ではきかれることはまずないので、ほとんどの人は困惑して、「マイ・ネーム・イズ・ヒノダ」などととんちんかんな答えをしてしまいます。Who are you?は名前をきいているのではありません。職業をきいているのでもない。職業を答えても悪くありませんが、もっと、本質的な質問です。世界観といってもよいかもしれません。もちろんのことですが、答えに正解はありません。ぼく自身は海に飛び込むのをためらうなかで、真っ先に飛び込む一羽のペンギン、「ファーストペンギン」だと答えることが多いです。最初に崖の前に立たされて落ちるペンギン。飛び込みたいと思ってはいないのだけど、後ろから「お前行けー」といわれて「あれー」と飛び込んでしまうペンギン。とはいえ本質は教育をとおして社会を変える社会変革者です。
 ぼくは、この問いに戸惑うことなく答えられる人になってほしいと思います。
 How would you like to be remenbered? ---
 これは、海外の大学の入試で、必ずといってよいほど出題される問題です。面接やライティングで出題されます。「君はどのような人として記憶されたいか」---。Who are you?とほとんど同じ問いです。これに答えられなくては、海外の大学には行けません。(169-171ページ)

 自分は何者か。もちろん、それは簡単に答えられることではないし、唯一の正解があるわけでも、一生変わらない答えがあるわけでもありません。変わっていって当然です。ですが、そのとき、その時点で、自分は何者かがさっぱりわからないようでは、自分が何をしたいか、何に向いているかといった問いにも答えは見つかりません。逆に、自分が何をしたいか、何に向いているかを自問することで、自分は何者かがわかってきたりします。つまり、「自分は何者か」と「自分は何をしたいか」はコインの裏表のようなものです。
 ですから、まず、Who are you?の自分なりの答えを探す旅に出てください。それが勇者への第一歩です。

 自分は何をしたいか、何に向いているかを探したり考えたりするときには、「自分はこういう人間だ」と決めつけないことが大切です。(174-175ページ)

 大切なのは、ワクワクに出合うこと、自分が何者かを知ること、天命を知ることです。勉強や大学はそれを見つけるためや、目標に近づくための手段にすぎません。もし、すし職人になることが天命だ、一流のすし職人になって社会に貢献したいと願うなら、大学に行くより、すし屋で修行したほうが絶対にいいのです。
 一番いけないのは、何がやりたいかわからないから、とりあえず大学に行く、という選択です。大学に行く目的がなければ、行くべきではないかもしれません。一度、社会に出て働いてみてから大学に行くという選択肢もあります。働いてみて、自分にはこれが足りない、もっとこれを勉強したい、キャリアアップのために資格を取りたい、といった目的ができてから大学に行っても遅くはありません。アメリカではそういう人はめずらしくありません。日本では目標も目的もなく、とりあえず大学に行く人が増えた結果、世の中はニートであふれています。(204-205ページ)

 世界の大学の学費や入試制度、大卒初任給などを比較したのが図表34です。下の図表35は、大学の難易度を比較したものです。
(中略)
 学費や入学難易度、多様性などを総合的に見ると、オーストラリアはおすすめです。マレーシアなどアジアの大学もよいでしょう。初任給は現地就職した場合の金額で、マレーシアの初任給が低いのは物価のちがいですから、それほど気にする必要はありません。
 それでも、日本人にアメリカ志向が強いのは、ブランド好きだからです。みんな、アメリカに行きたい、それもハーバードやスタンフォードなどの名門校に行きたいといいます。日本人は「入り口」にこだわりすぎなのです。ハーバードかスタンフォードでなければだめならば、海外進学への道は細く、ハードルは高くなるだけです。
 しかし、海外では「入り口」より「出口」が大事です。他大学への編入も比較的容易ですから、入りやすい大学に入って編入したり、名門校の大学院をめざしたりという道もあります。(234-237ページ)

 アメリカについて、最後に裏技を紹介します。あまり大きい声ではいえませんが、インターナショナルスクール出身で、アメリカの大学事情にくわしい学生は、この裏技を使っています。
 まず、国内の交換留学に強い大学に入学します。同志社、青山学院、立教、関西学院などキリスト教系の伝統校は海外の大学とつながりが深いのでねらいめです。早稲田や慶應も交換留学制度は充実しています。
 裏技とはズバリ「編入」です。2年次に交換留学で行って、その大学に3年次から編入するのです。最初から行くと大量に必要な書類も、編入ならGPAとTOEFLの2つだけですみます。
 編入のハードルは高くありません。ひと言でいうと、「ハグ」できるくらいに仲良くなれば勝ちです。編入したい学部の先生と仲よくなって、「ぜひ、うちの大学に来てほしい」と推薦状を書いてもらえれば、ほぼ編入できます。(245-246ページ)

 本当にアメリカの大学に行きたいなら、大学の教授や入試事務局にメールを送ることをおすすめします。なぜ、自分がその先生の下で学びたいのか、なぜ、その大学に行きたいのかをアピールするのです。
 やみくもにメールを送ってもだめです。まずは、自分が興味をもつ分野の大学の先生が書いた論文を読んで、自分が本当に学びたい先生を見つけることです。論文は大学の先生が書くラブレターです。それを読んで感動したり、興味が湧いたり高まったりすれば、それはその先生とあなたの相性がいいということです。そんな先生を見つけ、ラブレター(論文)への返事を書けばいいのです。「先生の論文を読んだ。ここがよかった。先生の下でこんな研究がしてみたい」といったことを書くのです。うまくいけば、先生から推薦状を書いてもらえるかもしれません。それがあれば、あとはTOEFLとGPAの基準を満たしていれば、まず、合格できます。
 入試事務局も同じです。一般論ではいけません。志望校の歴史や建学の理念をしっかり研究して、なぜその大学に入りたいかをアピールするのです。「Why your University?」です。
 海外の大学に出願するには、世界の大学の大半が登録している世界共通の出願サイト「コモンアップ」(Common Application)が便利です。
 大学に出願する際に共通願書として使用できるオンラインシステムで、世界のトップ1000の大学のうち750校がこのサイトから出願することができます。なぜか日本の大学だけは、ほとんど登録していません。(250-252ページ)

 最後に、これまでお話ししてきた内容と重なるところもありますが、卒業式の式辞で箕面や武蔵野の高校生に伝えてきた内容を抜粋して終わりにしたいと思います。

一 本を読もう
 年間3万ページ読んでください。最初は乱読からはじめてください。やっているうちに、わかる日がきます。知識は人類最大の武器であり、防具です。
二 深呼吸をしよう
 ある音楽バンドも「どうにもならないことは、どうでもいいこと」と歌っています。つらいときは、少し立ち止まって、少し高いところから見てください。前のめりでは気づかないことも、一歩下がることで見えるものがあるかもしれません。
三 旅に出て視野を広げよう
 アウェー体験を積み重ねてください。「旅」とは、物理的なものだけではありません。異なる価値観や考えに若いうちに触れることで、自らの「幅」を広げることができます。それが、あなたの人生をより広く深く、豊かなものにしてくれます。
四 素直でいよう。叱ってくれる人を大切にしよう
 素直になるのは本当にむずかしいです。しかし、事をなす人たちは、他者の意見を聞き、それを実行することをくり返してきています。それが、大きな成長につながります。
五 できない理由より、実行するための方法を考えよう
 できない理由を考えるだけではなんの問題も解決せず「他人事」の人生を歩むことになります。「自分の人生」を歩むためにも、実行するための方法を考え、「失敗」を積み重ねてください。すべてあなたが主人公の物語なのですから。
六 礼儀と感謝を大切にしよう
 礼儀と感謝をもって接する。本当にすてきな人は、人によって使い分けるのではなく、つねに礼儀正しく、感謝を忘れません。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」です。
七 下積みを大切にしよう
 成功する人たちは等しく、人がいやがる仕事を自分から率先して実践してきました。派手な仕事やSNSの話題よりも、みんなからもれてきた仕事を自分から楽しんで拾いつづけることで見える世界があります。そして、その姿をかならず見ている人がいます。
八 チャンスは一度しかこないから大切にしよう
 「人生の転機は3回しかない」といわれます。本当かどうかわかりませんが、与えられたチャンスで「決断」するタイミングがかならずきます。その感性を磨いてください。
九 思い込みやレッテルを貼らないようにしよう
 つねに公平に物事を見て、正確に判断する。うわさ話や「みんながいっている(思っている)から正しい」を乗り越えたところに真実があります。
十 人生は逆張り
 「みんながこうするべきだといっている」と感じているときは気をつけてください。反対側に答えがあることが、大人になればなるほどよくあります。たまには、「みんなとちがうことをやる」「変人とよばれてみる」「常識を疑ってみる」ことをしてください。(260-262ページ)

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