ワールドエンドナポリタン
「俺、ナポリタンを食ってると、いつもイタリアを思い浮かべるんだ」
目の前で美味しそうに食べる哲郎がこう言った時、僕の中で彼との友情が崩れた。ググればすぐにわかることだが、ナポリタンはイタリア発祥ではない。つまり、ナポリタンにイタリアを求めるのは間違っている。それをどうして彼は求めるのだろうか? 彼の気持ちが理解できない。僕は冷ややかに笑う。
「いや、ちょっと待て。ナポリタンはイタリア発祥じゃないぞ。どうして、ナポリタンを食べてイタリアを思い浮かべるんだ」
僕が言い切ると、彼は目を大きく瞬きして理解できないとでも言う様な顔をした。
「そっちこそ、ちょっと待て。ナポリタンはイタリア発祥だろ。どうしてそんな事言うんだよ」
「はっ? ナポリタンは日本で生まれたんだ。そのくらい君は知っていると思っていたのに」
「おい、そっちこそ、ナポリタンはイタリア発祥だってことくらいわかってると思ってたのに」
「え」
「はっ?」
おかしい、そんなことはないはずだ。思わず、横を通ったウェイターに聞いてみる。
「すみません。ナポリタンはどこが発祥でしたっけ?」
「イタリア発祥ですよ」
「えっ、ナポリタンは日本発祥では?」
すると、ウェイターは何を言ってるんだとでも言いたげな顔をした。
「ですから、ナポリタンはイタリア発祥ですよ」
「ほらみろー、言った通りだろ」
横で話を聞いていた哲郎が笑う。僕らの会話を聞いていた周りの客たちも少し笑っている。ウェイターも笑いながら、その場を離れた。
どういうことだ。何かのドッキリか。哲郎が仕掛けた壮大なドッキリか。頼む哲郎、そう言ってくれ。
「なあ、お前どうした? 頭でも打ったか?」
現実はあまりにも無情だ。僕はこの場にいるのが居た堪れなくなって、お金を置いて店を後にした。
「おい、ちょっと待てよ!」
哲郎が追いかけてくる。僕は叫ぶ。
「構うな!」
僕は走った。走りに走った。すると、街頭の巨大テレビが目に入った。ニュースをしていた。アメリカの次の大統領が決まったという。どんな人物だろうか。足を止めて流れる映像に見入る。他の人たちもそうだった。ニュースキャスターが言う。
『次期大統領選の結果が発表されました。ナポリタン氏の圧勝です』
すると、映像にはナポリタンの画像が映し出された。なんだこれは。ナポリタンがアメリカ次期大統領。どういうことだ。訳がわからない。
「次の大統領はやはりナポリタンだったかー」
横から声が聞こえた。だが、振り向くとそこに人はいない。下を見るとそこには皿に盛られたナポリタンが地面に置かれていた。
「うわ!」
慌てて、周りを見回す。すると、そこにいたはずの人がいなくなっている。代わりに、地面に大量のナポリタンが置かれていた。
「マジか」
僕は走った。叫んで走った。街を行き交う人々は既にナポリタンとなった。哲郎といた、あの店に戻る。だが、そこも手遅れだった。椅子の上にナポリタンが置かれている。
「哲郎!」
哲郎の座っていた席。やはりそこには哲郎の代わりにナポリタンが置かれている。
「そんな、哲郎……、嘘だ……」
ああ、哲郎。お前もか。そんな、何か言ってくれ。だが、哲郎のナポリタンは何も言わなかった。
「どうなってるんだ、どうなってるんだよ!」
店を飛び出して走った。更に恐ろしいことに、街中の建物までもがナポリタンと化し始めている。世界が終わる。まさか、こんな終わり方だなんて。タイムズスクエアまでもがナポリタンとなった。
僕は満身創痍で、リバティ島の側まで向かった。フェリーは既にナポリタンとなった。じきに海もナポリタンとなるのだろうか。目の前を見ると、そこには、ナポリタンの姿となった自由の女神像がそこにある。
「そんな、なんで……」
気がつけば、僕の体もナポリタンになっていた。
(完)