ショートショート『喋るギター』

 アコースティックギターを買った。アルバイトで貯めたお金を全て使って良いのを買った。これを使って俺は大物ミュージシャンになる。

 家に帰って初めて音を鳴らす。綺麗ではないFコードが部屋中に響き渡った。
「お前、演奏下手だな!」
 ギターの練習をしているとどこからか声がした。
「え、誰?」
「誰って、俺はギターだ!」

 俺が買ったギターは最先端の人工知能を搭載していた。声の主はその人工知能で、俺の練習を手伝ってくれるという。こうして、俺とギターの日々が始まった。

「お前、いつもFのコード弾くのがうまくできてないな」
「こうか?」
「そうそう。前よりも上手くなってるぜ」
 俺のギターの腕は上達した。それはこのギターの指導のおかげだった。俺とギターの日々はしばらく続いた。


 喋るギターを買ってから数年の月日が経った。俺はミュージシャンとして大成功し、忙しい日々を過ごしていた。最初に買ったあのギターを触るのは以前よりも減った。俺はそれが人生だと思って、特に憂う事もなく忙しい日々を過ごした。

 だが、その日々は突然終わった。俺が乗っていた車が事故を起こした。目が覚めると俺は病院にいて、腕に大怪我を負っていた。俺のミュージシャン生命がここで終わった。

 ギターを弾けなくなった俺は家のギターを処分しようと整理を始めた。最初に買ったギターを手に取る。あの頃が懐かしい。整理をする手を止めて、俺はそのギターを弾いてみた。汚い音が部屋に響き渡る。

「なんやこの音は! お前下手になったな!」
   懐かしい声がして、俺は泣いた。泣いた。泣いた。
「おいおい、どうした急に?」
「どうしたって、俺さ、手を怪我しちゃってさ。うまくギターを弾けなくなったんだ」
「そうか、そうか。なら、また練習すれば良いんじゃないか?」
「でも、怪我が……」
「怪我は怪我だ。確かに、お前はもう上手に弾けないのかもしれんが、ギターを弾くちゅうことは人前で演奏することが全てじゃないんやで」
「そうかな……」
「そうや。だから、俺を使え。また一から教えてやるから」

 彼の言葉が俺に希望をくれた。俺は思わず、ギターを抱きしめた。
「な、なんや!」
「ありがとうな、お前」
「お、おう、そうか」
「じゃあ、早速練習しようか」

 俺はギターを弾く。綺麗ではないFコードが部屋中に響き渡った。

(完)

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