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『Delay』「ちくま800字文学賞」応募作品

 目が覚めるとそこには一人の男が立っていた。彼は僕が事故に遭ってしばらく眠っていたと教えてくれた。
「つまり、あなたが僕を助けたと……」
「そうだ。それで君にやってもらいたいことがある。ついてきてくれ」
 なんだろうか。男の目的がわからない。彼の後をついていくと、都内某所の料亭の前まで来た。
「いいか、これからあの料亭の一番広い部屋で政治家同士の会合がある。そこに行ってこれを彼らに渡してこい。いいな」
 そう言って渡されたのは一通の手紙だった。僕は仕方なく料亭の一番広い部屋にこっそり入って政治家たちを見つけた。彼らに手紙を見せるとそれをすんなり受け取ってくれた。

「これで、世界の終わりを五日引き伸ばせた。ご苦労だった」
 料亭を出て男の元に戻ると、男は時計を見つつこう言った。
「待ってください。世界の終わりってなんですか?」
「私の仕事は世界の終わりを引き伸ばすことだ。実は、世界は十年前に滅びるはずだった。だけど、人類にとってそれは困るから私が無理矢理引き伸ばす仕事をしている。今の手紙は、サイバー攻撃に対する有効策を書いた物だ。あれがなければ、日本は五日後に滅びて連鎖的に世界が滅びていた」
「そんな、そんなことをなんで僕に任せたんですか!」
 訳がわからない。僕は思わずカッとなってしまった。
「それは君が私にとって丁度良い所で死にそうになったからだよ。本当なら君は死んでいた。だから、この仕事を手伝ってほしい」
 無茶苦茶な理由だ。なんでそんなことを僕がしなくちゃいけないんだ。僕は思わずその場から走り去った。

 男の姿が見なくなった所で走り疲れて、公園で休んだ。そこには楽しげに遊んでいる子どもたちの姿があった。もし仮に世界が滅びたら、あの子たちの楽しげな顔はどうなってしまうのか。気づいた瞬間、僕は世界の終わりを一秒でも長く引き伸ばしたいと思った。目の前には僕を追いかけて来た彼がいた。僕は、決意をした。

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