見出し画像

乗せてもらえませんか

今日は現場から残材を引き上げて、昼は自宅で済ませようと水無川沿いに自宅へ向かって軽トラを走らせていた。自宅最寄りのバス停にの信号で止まっていると、一人のご老人に「乗せてもらえないか?」と唐突に声をかけられた。初めは面食らって何を言ってるのかと思ったが、古墳公園までお願いしたいと、はっきりとした口調で言われて、まあ近いしいいかと思い、傍に寄せて乗っていただいた。
まずは自己紹介をされて、なんと今年99歳だと言うのだ。関東大震災の翌年に生まれて、戦争を生き抜いた大先輩。秦野市に住んでいて、趣味は秦野市の歴史研究だという。古墳公園へは自分が寄稿した本を買うためだという。20年ほど前に書いた文章とのこと。お金がないのが悲しいと言っていて、身に染みるほどわかりますとお答えしました。古墳公園へは10分ほどで着く距離だったので、取り止めのない話をしながら向かいました。頭ははっきりされていました。公園に着くと歴史資料館に歩いて行った。帰りも送りますと言っていたが申し訳ないのでここまででというが、この近くにはバス停もないし、本数も少ない。駐車場に停めて待っていると程なくして、また杖をつきながら出てこられた。また声をかけて、秦野駅まででいいと、そのまま皮膚科に向かうといていた。どんな文章か気になっていたところその本を一冊お礼としていただきました。どうやら登山をやっていた方で、丹沢スタイルについて書いた文章とのことです。山岳の楽しみとして丹沢は都内からでも日帰りができる場所にあり、それなりに登山としても楽しめる。地元の小学生は一度は丹沢に遠足で登ってくる。その登山のスタイルについての、戦前戦中戦後についての考察と言うことでした。そのころの仲間はもうみんななくなっているとか。
生まれ育って今も住んでいるが、まだまだ知らない秦野に出会った気がした。駅まで送ると、お礼を言ってお別れしました。もう会うことはないと思うが、今までこんな秦野市民にあったことはなかった。自分も旅先でいろんな人の車に乗せてもらった。その恩返しを丹沢の生き字引に足して返せて、本当に感謝しかない。人生は面白いなと改めて思った、なんて幸運な出会いだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?